「化学教育ジャーナル (CEJ)」第10巻第1号(通巻18号)発行2007年12月27日/採録番号 10-5/2007年 9月29日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html

消化に関する発展的教材実験の実践報告
-理科好きの生徒を対象としたサイエンスサマーキャンプのとりくみから-

A Trial of A Progressive And Experimental Teaching Material on Human Digestion


琉球大学教育学部理科教育講座

吉田安規良*, 本多正尚, 杉尾幸司, 松田伸也


Department of Natural Sciences, Faculty of Education, University of the Ryukyus

Akira YOSHIDA*, Masanao HONDA, Koji SUGIO, Shinya MATSUDA


*whelk@edu.u-ryukyu.ac.jp



【 要 約 】


 中学生を対象とした理科に対する興味関心の育成を目的とした合宿形式の学習活動「中学生サイエンスサマーキャンプ」の中で, 「ヒトの消化のしくみ」の学習内容と関連した「タンパク質と脂肪の消化実験」を実施した。

 実験は予定通りの時間で行うことができ, 理科に興味や関心のある中学生程度の実験観察技能で本教材は十分実践可能である。また, 実践後のアンケート結果から, 本実験教材の「おもしろさ」, 「わかりやすさ」の平均点が5点満点で4点以上を示し, 有意に肯定的な結果が得られた。

 以上の結果からタンパク質と脂肪の消化分解生成物を確認する実験教材は, 理科好きな生徒や当該分野に関心のある生徒の興味をより一層喚起し, 学習内容を理解する上で有効な教材実験になりうる。


1 はじめに


 小中学生の理科嫌いに関する調査によると, 「理科を嫌いになる回答」として「本当はもっといろいろ調べたいのにそれができない。」, 「無理矢理やらされたり, 逆に, やりたいことはやらせてくれなかったりする。」, 「結局教科書を憶えなくてはいけない。」が見られた1)。このことについて, 久保田らは実験や観察の授業を進める中で, 「学習者が新たな課題を見つけたとしても, それを自由に解決できない, 学習者自らのペースで問題解決できないこと」を問題として提起している2)。しかし, 学習者が「疑問におもったこと」や「調べてみたい発展的内容」を自らの手で調査・研究することは現実の学校教育活動の中では非常に困難である。その要因は学習者自身のレディネスや実験観察技能, 小中学校の理科室の施設・設備を考慮した適切な教材が無いという内容・方法に関する問題と, 理科の授業時数の確保や他の学校教育活動全般に対する影響などの時間的制約に関する問題に大別することができる。

 例えば, 中学校第2学年では, ヒトのからだのしくみを形態学, 生理学や生化学的な側面から学習する単元がある。その中に「ヒトの消化のしくみ」についての学習があるが3-4), 教科書で取り上げられている実験教材は, 50分程度の1回の授業で準備から実験・観察・考察・まとめまでという一連の学習活動を行うことができる「だ液によるデンプンの消化」であり, タンパク質や脂肪の消化やその分解生成物の検出実験は扱われてない。これまでもタンパク質と脂肪についてはその物性を定性的に確認する実験が用いられることはあったが, だ液とデンプンの実験のような「消化の定性的理解」を促す教材実験が教科書の主要な教材として取り入れられることはなかった5)。即ち, 生徒たちは「タンパク質はアミノ酸に, 脂肪は脂肪酸とグリセリンに消化される」という事実を言葉で覚える形で学習する。そのため「タンパク質は本当にアミノ酸に分解されるのか」や「脂肪が分解されるとグリセリンが生じるのか」といったことを確かめたくても確かめることができない。

 このような現状を改善し, 児童生徒の「学ぶ意欲」を育成する一つの方策として, 独立行政法人科学技術振興機構が, 科学技術や理科, 算数・数学に対する興味関心の育成を目的とした合宿形式の学習活動に対する支援を平成18年度に実施した。これは, 平成18年度からスタートした第3期科学技術基本計画の理念・目標を実現していくため, 子どもたちの科学技術への興味・関心を喚起し, その成果を社会的にも還元することにより, 国民的理解を得ることを目的としたものである。この支援事業の実施に際して内閣府松田岩夫科学技術政策担当大臣(当時)から社団法人日本理科教育振興協会へ協力要請があった。そこで, 振興協会の理事の一人が日本理科教育学会の会長であることから日本理科教育学会と連携して「サイエンスサマーキャンプ」が開催されることとなった。

 合宿形式の場合, 正規の教育課程の理科の授業と異なり, 時間的余裕があるため生理学や生化学の実験を伴う発展的な内容を検証することも可能である。筆者らは, 今回上述の支援を受けて, 理科に興味や関心がある生徒が時間的な制約を気にすることなく, 学校で学ぶ内容と関連した実験や観察を体験する「中学生サイエンスサマーキャンプ」を実施する機会を得た。その内容の一つとして中学生の観察実験技能を考慮して開発したタンパク質・脂肪の消化によるアミノ酸とグリセリンの検出実験6-11)を実践した。本報ではその内容と教材実験の評価について報告する。


2 「中学生サイエンスサマーキャンプ」の実施内容


 社団法人日本理科教育振興協会が主催し, 日本理科教育学会が全面的に協力する形でのサイエンスサマーキャンプは, 福井, 岐阜, 愛知, 和歌山, 沖縄, 鹿児島の6県で実施された。筆者の一人が日本理科教育学会の評議員ということもあり, 沖縄県では筆者らが企画・運営し, 参加対象を中学生に限定した「中学生サイエンスサマーキャンプ」として開催された。サイエンスキャンプの内容は, 中学校の理科の学習内容と密接に関連しており, かつキャンプに参加することでしか学べないものとして「タンパク質と脂肪の消化」, 「沖縄本島北部の自然観察(地層・マングローブ林観察), 「夜間野外観察」及び「天体観測」の4つを選定した。消化の実験は琉球大学教育学部で, それ以外の活動は琉球大学農学部附属亜熱帯フィールド科学教育センター与那フィールド周辺で行った12)

 実施時期は2006年9月16日(土)〜17日(日)の1泊2日で, 沖縄本島中南部に居住する中学生20名(男子16名(中1 4名, 中2 10名, 中3 2名), 女子4名(中2 3名, 中3 1名))が参加した。

 タンパク質と脂肪の消化に関する実験は, テキスト(資料)に沿って行われた。実験指導は筆者の一人が行い, 琉球大学教育学部の学生3名が助手としてサポートした。1日目(10時30分〜13時00分)は人工消化液の調製から行い, 基質と混ぜ合わせて反応を開始させるところまで行った。様々な中学校から理科に興味がある生徒が参加していたため, あまり顔見知りがいない状況のためか静かな雰囲気で実験はスタートした。まず, テキストに沿って実験内容の確認を行った。その後, 人工消化液の調製までは全員で協力し, それ以降は各人でサンプルを調製した。参加した子ども達は, 普段は自分一人だけで実験の全てを行う機会が少ないこともあってか, 試験管やピペットといった実験器具の大半を一人で専有して実験できることに喜んでいることがその表情からうかがえた。また, 試験管ミキサーや遠心分離器など普段は使用する機会がない機械を使用できたことにも喜んでいることが歓声や表情から推測できた。実験操作そのものが簡単なこともあってか, 参加者から実験内容や操作面に関して質問されることはなかった。


写真1左 写真1中 写真1右

写真1 1日目の実験の様子(左; 人工消化液の調製方法について助手の指示を聞く参加者, 中; ゼラチンに人工消化液を注ぐために秤量する参加者, 右; オリーブ油と人工消化液を混合する参加者)


資料

資料 消化の実験のテキスト


 2日目(14時30分〜16時30分)は対照となる反応開始時のサンプルを再度調製し, タンパク質, 脂肪とも分解生成物を確認するための呈色反応までを各人で行った。ビウレット反応やニンヒドリン反応など今回利用した呈色反応は高等学校以上で扱われる内容である。小中学校でもヨウ素デンプン反応やベネジクト反応の詳細な反応原理を説明せずに用いているのと同様に, 今回は「この実験で○○色になった時には○○が存在している」という程度の説明をしただけで用いた。それに対して参加者から質問を受けることはなく, 実験の結果をキャンプを通して新しくできた友達同士で比較するなどしながら考察していた。

 実験操作全般において, 「理科に興味があり観察・実験が好きな中学生」が参加していることもあってか, 駒込ピペットを用いて溶液を一定量採取する場面以外では作業は滞りなく進んだ。実験の授業にありがちな時間内に終了できないということはなく, 予定通りのスケジュールで実施できた。


写真2左 写真2中 写真2右

写真2 2日目の実験の様子(左; 全体の様子, 中; タンパク質の消化反応後のサンプルから呈色反応に用いる試料を採取する参加者, 右; グリセリン検出のため呈色反応(撹拌)をする参加者)


3 アンケート分析から見る本実験教材の評価


 キャンプの全日程終了後に参加した中学生全員に対して無記名のアンケート調査を行った。回収率は100%で, 全て有効回答として分析した。本実験教材に関して「面白さ」と「わかりやすさ」をそれぞれ5件法で調査した。はその結果である。


表 実験内容に対するアンケート調査の結果

表


 実験内容の面白さとわかりやすさに対する回答について, 「良い」を5点, 「少し良い」を4点, 「普通」を3点, 「少し悪い」を2点, 「悪い」を1点として平均点を算出したところ, 男女別, 全体とも全ての項目で4点以上となった。否定的回答をした生徒は1年生であったためヒトの消化についての学習が未履修であることが影響してると推察できる。また, 「良い」, 「少し良い」を肯定的な回答, 「少し悪い」「悪い」を否定的な回答としてまとめ, 合計人数を換算し二項検定(両側検定)を行った。男女別に分析したところ, 男子で面白さとわかりやすさの双方で, 有意に肯定的な結果が得られたが(p<0.001), 女子では共に得られなかった(p=0.125)。しかしながら, 女子に関しては明らかに人数が少ないために有意差が見られなかったのであり, 全体として計算すると, 面白さとわかりやすさの双方で, 有意に肯定的な結果が得られた(p<0.000)。

 さらに, 「サイエンスキャンプ全体で一番印象に残った活動」を自由記述で回答してもらったところ,「消化に関する化学実験」と答える生徒が20名中7名となり, 最も良い評価を得た。生物系の活動の一つ12)が4名で第2位となったが, 他の 活動を挙げた生徒は2名以下であり, このことからも, 本実験の経験が強く印象に残るものであったといえる。


4 おわりに


 今回のアンケートの結果から, タンパク質と脂肪の消化分解生成物を確認する実験教材は, 理科好きな生徒や当該分野に関心のある生徒の興味をより一層喚起し, 学習内容を理解する上で有効な教材実験になりうると推察できる。しかしながら, 生徒の興味・関心を育て, 深い理解につながるような実験教材を研究し, 成果を普及していくためには, 単なる教材実験開発で終わるだけではなく, カリキュラムの中に位置づける構成の仕方も検討する必要がある13)


図

図 教師演示を主としたタンパク質と脂肪の消化実験の授業プラン(案)


 は教師1人で最大40名を相手にする必修理科の場合を想定し, 1時間程度の予備時間か放課後活動を利用して, 教師による演示を主として本実験教材を導入する授業プラン(案)である。「必修理科」ならびに「選択理科」では時間的制約があるだけでなく, 学習者の意欲や能力にも差がある。教師演示を主とした授業プラン(案)を提示するだけでなく, 教師演示や生徒実験など様々な方法で本教材実験を取り入れた実践を行い, その実践の検証を通して, 実践上の問題点を解決していくことが今後の課題となる。


【 附 記 】


 本研究の一部は, 科学研究費補助金若手研究(A)「中学校理科におけるタンパク質・脂肪の消化の理解を深める教材実験開発」(課題番号17683007)ならびに独立行政法人科学技術振興機構「平成18年度科学技術体験合宿事業」の助成事業であることを附記し, この場を借りて感謝の意を表します。また, サイエンスキャンプ開催にご尽力いただいた社団法人日本理科教育振興協会にも感謝の意を表します。

 尚, 本報は, 日本理科教育学会第57回全国大会(2007年8月, 愛知教育大学)での発表内容の一部に加筆修正したものである。


【 文 献 及び 註 解 】


1) 角谷詩織, 「小・中学生の知的関心の発達と理科教育での疑問解決経験とのかかわり」, 「特定領域研究」新世紀型理数科系教育の展開研究 平成16年度A05班 研究成果中間報告書, pp.77-114, 2005
2) 久保田善彦ほか, 「理科実験の授業展開の見直しと同期型CSCLの利用-学びの変容に関する事例から-」, 理科の教育, 56(3), pp.204-207, 2007
3) 文部科学省, 「中学校学習指導要領(平成10年12月)改訂版」, pp.53-57, 2004, 国立印刷局
4) 文部省, 「中学校学習指導要領(平成10年12月)解説-理科編-」, pp.71-76, 1999, 大日本図書
5) 吉田安規良, 「小中学校におけるタンパク質・脂肪の消化に関する指導内容の変遷」, 化学教育ジャーナル, 10(1), http://chem.sci.utsunomiya-u.ac.jp/v10n1/yoshida1/, 2007
6) 儀間はるか, 吉田安規良, 「中学校でタンパク質の消化を理解するための実験教材について」, 日本理科教育学会北海道支部会誌, 17, pp.3-6, 2005
7) 吉田安規良, 比嘉渚, 「中学校での脂肪の消化を理解する実験教材開発のための基礎的研究」, 日本理科教育学会北海道支部会誌, 17, pp.7-12, 2005
8) 吉田安規良, 「中学校で脂肪の消化を確認する実験方法について」, 日本化学会第86春季年会講演予稿集, 2-M1-31, 2006
9) 吉田安規良, 「いろいろな消化薬を用いた脂肪の消化の実験教材化への可能性」, 日本理科教育学会九州支部大会発表論文集, 34, pp.51-54, 2006
10) 吉田安規良ほか, 「中学校で脂肪の消化を理解する教材実験の条件について」, 日本理科教育学会全国大会発表論文集, 4, p.160, 2006
11) 佐久本優太ほか, 「中学校でタンパク質の消化を理解する実験教材開発」, 日本理科教育学会全国大会発表論文集, 4, p.161, 2006
12) サイエンスサマーキャンプそのものの具体的内容とその評価については 杉尾幸司ほか, 「中学生を対象とした宿泊型理科体験学習の実施とその効果」, 日本理科教育学会九州支部大会発表論文集, 35, pp.3-6, 2007を参照
13) 山崎敏昭ほか, 「高校物理実験の実態-2006年大学新入生からの分析-」, 物理教育, 55(1), pp.33-38, 2007


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