「化学教育ジャーナル(CEJ)」第11巻第1号(通巻20号)発行2008年11月11日/採録番号11-5/2008年6月11日受理
URL = http://chem.sci.utsunomiya-u.ac.jp/cejrnl.html


定量分析シミュレーションのインターネットによる自動サービス −混合滴定−

芦田実*,谷津勇太,新山拓也
埼玉大学 教育学部
〒338-8570 埼玉県さいたま市桜区下大久保255
E-mail: ashida@post.saitama-u.ac.jp


Automatic Service of Simulation of Quantitative Analysis
by Using Internet  - Titrations for Base Mixture -


Minoru Ashida*, Yuta Tanitsu, and Takuya Niiyama
Faculty of Education, Saitama University
255 Shimo-ohkubo, Sakura-ku, Saitama, Saitama, 338-8570 Japan

1.はじめに
 本研究室では,インターネットを利用して学外との双方向の交流を目指し,利用者の立場に立ってそのニーズに応えるためのホームページ[文献1]を試作している.そのために,化学の質問箱を開設したり,溶液の濃度計算と調製方法のサービスなど[文献2〜7]を開始している.質問箱は閲覧数や質問の回答数が最盛期を過ぎたように思える(閲覧数は最盛期に約54000件/年,最近は約27000件/年で,回答数は最盛期に141件/年,最近は64件/年である)が,その他のサービスは利用者が少ない.そこで,多くの人に知ってもらい,また利用してもらうために,本報告で紹介することにした.今,学校では理科離れが進んでいる.理科(化学)の面白さは実験を通して伝えられることが多いと思われる.そこで,理科離れを少しでも減らすために,また学校で少しでも多く理科(化学)実験を行ってもらうために,化学系実験の基礎である水溶液の作り方(濃度計算と調製方法)[文献2〜6]の自動サービスを行っている.
 高校生などの中には,酸・塩基滴定中の濃度変化,体積変化やpHジャンプの現象をあまり理解していない者もおり,それらについて質問箱でも複数回答している.そこで,前報[文献7]では濃度と滴定曲線(pH)の計算方法を解説し,酸・塩基滴定をシミュレートするプログラムを開発し,ホームページで公開した.本報告では,次に利用度の高いと思われる混合滴定をシミュレートするプログラムを開発し,ホームページで公開することにした.本報告でいう混合滴定とは塩基の混合物を酸を用いた一連の滴定で分別的に定量することであり,同時滴定と言われることもある.本プログラムはコンピュータに弱い人でも何の予備知識もなしに,いつでも必要なときに使用できる.さらにダウンロードサービスも開始しているので,圧縮ファイルをダウンロードして解凍すればこのプログラムはパソコンの中だけ(オフライン)でも実行できる.

2.濃度と滴定曲線の計算方法
 「溶液の作り方(濃度計算と調製方法)」[文献8]のメニューから「酸・塩基滴定(混合滴定)」[文献9]をクリックすると「Java Applet プログラムを呼び出すための html ファイル文献9]が呼び出される.そこに,下記のような濃度とpH曲線の計算方法の解説を載せている.シミュレーションプログラム上では混合前の濃度と体積が全て分かっているので,塩基については水酸化ナトリウム NaOH ,炭酸ナトリウム Na2CO3 ,炭酸水素ナトリウム NaHCO3 の各水溶液の中から1つ〜3つを選択して混合できる.しかし,実際の滴定実験ではこれらの水溶液のうち2つまでの混合(同時滴定)しかできない.
 混合前の薄い塩酸 HCl の初濃度と体積を CAO (mol/L) と VA (L) とし,薄い水酸化ナトリウム NaOH ,炭酸ナトリウム Na2CO3 と炭酸水素ナトリウム NaHCO3 の初濃度と体積をそれぞれ CBO (mol/L) , VB (L) , CCO (mol/L) , VC (L) と CDO (mol/L) , VD (L) とする.混合後の体積 V (L) は

(1)  V = VA + VB + VC + VD

 混合直後で中和反応がまだ起こっていないと仮定したときの仮想的な塩酸 HCl の初濃度 CA (mol/L) と 水酸化ナトリウム NaOH ,炭酸ナトリウム Na2CO3 と炭酸水素ナトリウム NaHCO3 の初濃度 CB (mol/L) , CC (mol/L) と CD (mol/L) は

(2)  CA = CAO VA / V ,  (3)  CB = CBO VB / V ,  (4)  CC = CCO VC / V ,  (5)  CD = CDO VD / V

 水の電離反応より,水のイオン積 KW (mol/L)2

H2O H+ + OH- ,  (6)  KW = [H+] [OH-] = 1.0×10-14 (mol/L)2 at 25℃

 炭酸 H2CO3 の電離反応より,その電離定数 KC1 と KC2

H2CO3 H+ + HCO3- ,  (7)  KC1 = [H+] [HCO3-] / [H2CO3]

HCO3- H+ + CO32- ,  (8)  KC2 = [H+] [CO32-] / [HCO3-]

 混合液中の正電荷の総数(濃度)と負電荷の総数(濃度)は等しい(電気的中性)ので,

(9)  [H+] + [Na+] = [Cl-] + [OH-] + [HCO3-] + 2[CO32-]

 混合液中で炭酸は分子 H2CO3 かイオン HCO3- と CO32- のどれかの状態で存在するので,それらの濃度の和は初濃度の和 CC + CD に等しい.

(10)  CC + CD = [H2CO3] + [HCO3-] + [CO32-]

以上の式(1)〜式(10)を連立させて,水素イオン濃度 [H+] を求めると

(11)  { [H+]2 + ( CB + 2CC + CD − CA ) [H+] − KW }( [H+]2 + KC1[H+] + KC1KC2
      − KC1 ( CC + CD )[H+]( [H+] + 2KC2) = 0

さらに,求めた [H+] より水素イオン指数 pH は

(12)  pH = - log [H+] または [H+] = 10-pH

上の式(11)は全ての塩基混合溶液について使用できる.実際に計算するときは,極小値を求める通常の方法を利用する[文献7].すなわち,Java Applet プログラムで pH の値を初期値 1 から 0.01 ずつ増加させて,式(12)より [H+] を求める.これらを式(11)に代入し,左辺の絶対値が極小値(0)を通り過ぎたときの pH を求める.次に, pH の値を 0.001 ずつ減少させて,式(11)の左辺の絶対値が極小値にさらに近い点を通り過ぎたときの pH を求める.この様な操作を繰り返して,許容誤差の範囲で極小値に最も近い [H+] と pH を求める(最後は通り過ぎて1点戻る).高分解能のデジタル pH メーターの分解能が 0.001 であること,さらに本プログラムの画面で表示できる限界が 0.05 ( pH変化量で 13 が 260 ドットに相当 )であることから,pH の変化量で 0.001 のオーダーまで計算すれば充分である.[H+] の値が求まったら,その他の化学種の濃度も計算できる.

(13)  [OH-] = KW / [H+] ,  (14)  [Na+] = CB + 2CC + CD ,  (15)  [Cl-] = CA

(16)  [H2CO3] = ( CC + CD )[H+]2 / ( [H+]2 + KC1[H+] + KC1KC2

(17)  [HCO3-] = KC1[H2CO3] / [H+] ,  (18)  [CO32-] = KC1KC2[H2CO3] / [H+]2

3.滴定曲線の計算例
3.1 水酸化ナトリウム NaOH と炭酸ナトリウム Na2CO3 の混合溶液の塩酸 HCl による滴定
 水酸化ナトリウム NaOH と炭酸ナトリウム Na2CO3 の混合溶液の塩酸 HCl による滴定曲線を図1に示す.電離定数は化学便覧の値[文献10]を使用した.滴定にともなって pH が3段階で変化しており,上から水酸化ナトリウムから生じた水酸化物イオン OH- の中和,炭酸ナトリウム Na2CO3 から生じた炭酸イオン CO32- の炭酸水素イオン HCO3- への変化(中和),炭酸水素イオン HCO3- の炭酸 H2CO3 への変化(中和)を表している.pH指示薬はフェノールフタレインPPが赤紫色から無色に変化したところ(第2段回終了)で,メチルオレンジMOを追加している.上側右端部の黒丸(●)は滴定にともなう水素イオン濃度 [H+] の増加を,四角(□)は水酸化物イオン [OH-] の減少を表している.また,下側の表には滴定にともなう各化学種の濃度変化を示している.さらに,図2にそれらの濃度変化を図示する.塩化物イオン濃度 [Cl-] (紫色の)は滴下量とともに増加し,ナトリウムイオン濃度 [Na+] (赤色の)は体積増加により減少している.炭酸イオン CO32- (青色の),炭酸水素イオン HCO3- (水色の),炭酸 H2CO3 (緑色の)は式(7)と式(8)の2つの電離平衡によって,2段階に変化している.

3.2 水酸化ナトリウム NaOH と炭酸水素ナトリウム NaHCO3 の混合溶液の塩酸 HCl による滴定
 水酸化ナトリウム NaOH と炭酸水素ナトリウム NaHCO3 の混合溶液の塩酸 HCl による滴定曲線を図3に示す.NaOH と NaHCO3 を当モル混合したため,後述の炭酸ナトリウム Na2CO3 のみと同じ滴定曲線(図8)になり,pH が2段階で変化している.

3.3 炭酸ナトリウム Na2CO3 と炭酸水素ナトリウム NaHCO3 の混合溶液の塩酸 HCl による滴定曲線
 炭酸ナトリウム Na2CO3 と炭酸水素ナトリウム NaHCO3 の混合溶液の塩酸 HCl による滴定曲線を図4に示す.メチルオレンジMOとブロモフェノールブルーBPBの変色域がほぼ同じ(後述の表1)なので,この図ではpH指示薬にフェノールフタレインPP→ブロモフェノールブルーBPBを使用した.比較しやすい様に,上の図2〜図4をまとめて図5に示す.このプログラムでは4本の滴定曲線を記憶でき,実行中の滴定曲線と合わせて,同時に5本を表示(比較)することができる.

3.4 3種混合溶液の塩酸 HCl による滴定曲線
 水酸化ナトリウム NaOH ,炭酸ナトリウム Na2CO3 および炭酸水素ナトリウム NaHCO3 の3種混合溶液の塩酸 HCl による滴定曲線を図6に示す.実際の滴定実験ではこれらの水溶液のうち2つまでしか混合(同時滴定)できないが,プログラム上は3つの水溶液の混合(シミュレーション)が可能である.

3.5 普通の酸・塩基滴定
 このプログラムでは,1種類の塩基を塩酸 HCl で滴定する場合(普通の酸・塩基滴定)もシミュレートできる.図7に水酸化ナトリウム水溶液 NaOH の塩酸 HCl による滴定曲線,図8に炭酸ナトリウム水溶液 Na2CO3 の塩酸 HCl による滴定曲線,図9に炭酸水素ナトリウム水溶液 NaHCO3 の塩酸 HCl による滴定曲線をそれぞれ示す.さらに,比較しやすい様に,これらの図をまとめて図10に示す.

4.pH指示薬の変色域,色見本とRGB値
 Java Applet プログラムを呼び出すための html ファイル文献9]に,pH指示薬の変色域,色見本とRGB値(表1)を載せている.表中で中村理科とカッコ書きしているRGB値は,中村理科が市販しているSZK標準管を用いて決定した.まず,SZK標準管の後ろにプラスチックの白色箱に入った蛍光灯(FUJICOLOR LIGHT BOX 5000,100V 10W×2)を置き,約50 cm の距離からデジタルカメラ( 本体 Nikon D80,レンズ 18-70 mm 1:3.5-4.5G,autoモード)で撮影した.これをパソコンに読み込み,画像処理ソフト( Adobe Photoshop 5.0 )で明るさと色相が肉眼と同じに見える様に微調整した.さらに,SZK標準管が無色透明の円筒状アンプルなので,画像にはどうしても明暗の縦縞ができる.そこで,縦縞がほとんどない中央付近の画像の一部を画像処理ソフトで切り取り,単色化(ぼかし)してRGB値を決定した.その他のRGB値は,以前に報告した16階調の値[文献11]を256階調に換算して使用した.なお,このプログラムで使用していないpH指示薬についても参考として表に載せている.

5.利用者の操作方法
 Java Applet プログラムを呼び出すための html ファイル文献9]に,下記のような操作方法(コマンドボタンとその内容の説明)を載せている.

 コ マ ン ド ボ タ ン 内 容 の 説 明
フェノールフタレインPP → メチルオレンジMO

フェノールフタレインPP → ブロモフェノールブルーBPB
クリックするたびに2段目の指示薬が切り替わります.

pH指示薬の変色域,色見本とRGB値(表1
数値読込数値を入力したら,最後にクリックします.
または入力ごとに[Enter]を押します.
開始滴定曲線を最初から描きます.
一時停止 ⇒ 再開 ⇒クリックするたびに命令が切り替わります.
繰り返し ⇒ 目盛付近手動 ⇒
当量付近手動 ⇒ 最後停止 ⇒
クリックするたびに実行モードが切り替わります.
曲線記憶 ⇒ 曲線消去 ⇒任意の位置で4本まで記憶できます.

テキストボックス 内 容 の 説 明
試料濃度,試料体積,
横軸目盛,縦軸の最大濃度
数値を変更するには,TextBox に入力するたびに [Enter] キーを押すか,最後にまとめて数値読込をクリックします.
Na2CO3 ,NaHCO3 ,NaOH実際の滴定実験では左の水溶液のうち2つの混合が可能です.

チェックボックス 内 容 の 説 明
記憶したpH曲線,[H+]と[OH-]を図示するか,計算中の濃度を図示するかを指定します.
上段の表には計算中の数値を表示します.下段の表には,記憶済みの曲線から表示するものを選択できます.

キーボードのPrint Screenキー(COPYキー)を押した後,画像処理プログラム(Photoshop等)を起動し,新規ファィルにペースト(はりつけ)すれば,画面を取り込めます.編集や保存もできます.その後にワープロ文章(Word,一太郎等)に画像の必要部分を切りばり(カット&ペースト)できます.

6.使用したソフトウェア
 開発に使用したOSはMicrosoft社のWindows XP Professionalである.さらに,Microsoft社のWindows 98,2000 Professional,ME,XP home edition,Vista Home Premiumで動作確認を行っている.Java Appletは多くの書籍[文献12〜17]を参考にして,Borland社のJBuilder 6 Professional,2005 Developerで作成し,フリーソフトウェアFFFTP 1.88[文献18]でサーバーにアップロードした.HTMLファイルはIBM社のホームページ・ビルダー 11[文献19,20],またはマクロメディア(株)のDreamweaver MX[文献21]で編集・作成した.

7.おわりに
 教育学部のサーバーだけでなく,学外のサーバーにもシミュレーションプログラムを載せてサービスを開始した[文献1].学校の授業や自由研究等でも利用できると思われる.今後はさらに,シミュレーションの種類を増やし,少しずつサービスを充実していく.

参考文献など(URLは全て2008年6月10日時点のものです)
[文献1] トップページアドレス 本館 http://www.saitama-u.ac.jp/ashida/
 縮小版1 http://www1.edu.saitama-u.ac.jp/users/ashida/
 別館1  http://www.geocities.jp/ashidabk1/ (閲覧のみ)
 別館2  http://ashidabk2.hp.infoseek.co.jp/
 別館3  http://www7.tok2.com/home/ashidabk3/
[文献2] 芦田実ほか『溶液の濃度計算と調製方法のインターネットによる自動サービス −塩化ナトリウム水溶液−』化学教育ジャーナル(CEJ),第7巻第1号(通巻12号),採録番号7-5(2003)
[文献3] 芦田実ほか『溶液の濃度計算と調製方法のインターネットによる自動サービス −酢酸水溶液,塩酸,アンモニア水,水酸化ナトリウム水溶液−』化学教育ジャーナル(CEJ),第8巻第1号(通巻14号),採録番号8-3(2004)
[文献4] Minoru Ashida, et al., Automatic Services of Calculating Data and for the Preparation of Solutions by Using Internet: - Nitric Acid Aqueous Solution and Sulfuric Acid Aqueous Solution-, The Chemical Education Journal (CEJ), Vol. 9, No. 2 (Serial No. 17). The date of issue: January 30, 2007./Registration No. 9-14/Received March 7, 2006.
[文献5] 芦田実ほか『溶液の濃度計算と調製方法のインターネットによる自動サービス −固体無水物の溶解度−』化学教育ジャーナル(CEJ),第10巻第1号(通巻18号),採録番号10-2(2007)
[文献6] 芦田実ほか『溶液の濃度計算と調製方法のインターネットによる自動サービス − 二酸化炭素と石灰水 −』化学教育ジャーナル(CEJ),第10巻第1号(通巻18号),採録番号10-3(2007)
[文献7] 芦田実ほか『定量分析シミュレーションのインターネットによる自動サービス −酸・塩基滴定−』化学教育ジャーナル(CEJ),第10巻第1号(通巻18号),採録番号10-4(2007)
[文献8] http://www.saitama-u.ac.jp/ashida/cgi-bin/calgramc.cgi
[文献9] http://www.saitama-u.ac.jp/ashida/calcgrap/AppletT03.htm
[文献10] 日本化学会編『化学便覧基礎編改訂4版』丸善(株)(1993)
[文献11] 芦田実,吉田俊久,『カラーグラフィックスによる化学物質の色の表示』化学と教育,41(1), 17-18(1993)
[文献12] 高橋和也ほか『 Java 逆引き大全 500 の極意』(株)秀和システム(2002)
[文献13] 田中秀治『 Jbuilder5 で入門! Java プログラミング』ソーテック社(2001)
[文献14] 松浦健一郎,司ゆき『はじめての JBuilder6 』ソフトバンク(株)(2002)
[文献15] 赤間世紀『 Java2 による数値計算』技報堂出版(株)(1999)
[文献16] 青野雅樹『 Java で学ぶコンピュータグラフィックス』(株)オーム社(2002)
[文献17] 中山茂『 Java2 グラフィックスプログラミング入門』技報堂出版(株)(2000)
[文献18] http://www2.biglobe.ne.jp/~sota/
[文献19] 『ホームページ・ビルダー 11 ユーザーズ・ガイド』日本アイ・ビー・エム(株)(2006)
[文献20] アンク『 HTML タグ辞典』翔泳社(2000)
[文献21] 『Dreamweaver MXファーストステップガイド』マクロメディア(株)(2002)                     元の本文位置に戻る

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