「化学教育ジャーナル(CEJ)」第11巻第1号(通巻20号)発行2008年11月11日/採録番号11-3/2008年4月6日受理
URL = http://chem.sci.utsunomiya-u.ac.jp/cejrnl.html


活性炭の低温気体吸着特性を利用した

簡易トリチェリー実験の詳細と真空放電への適用可能性

Details of Experiment on simple method of Torricellian Using Activated Carbon,
and the Application for Demonstration of Vacuum Discharge

1琉球大学教育学部理科教育講座, 2南風原町立南風原中学校

吉田 安規良1, *・真座 孝弥2


Akira YOSHIDA1, *, Koya MAZA2

1Department of Natural Sciences, Faculty of Education, University of the Ryukyus, 2Haebaru Junior High School

*whelk@edu.u-ryukyu.ac.jp



【 要 約 】


 活性炭を冷却することで気体吸着量が増すことを利用した「簡易トリチェリーの実験」の方法を取り上げた文献には, 必要な活性炭の量が明示されていない。また, 冷却温度によって結果が異なることが予想できることから, その詳細を検討した。あわせて真空ポンプの代わりとして真空放電へ本方法を用いることが可能かどうかを検討した。

 外径8.0 mm, 内径5.5 mm, 長さ140 cmのガラス管を加工して用いた場合, 試薬として販売されている活性炭を液体窒素で冷却すると, 活性炭の形状に関係なく最高で実験時の大気圧の99.93%の高さまで水銀柱が上昇した。ドライアイス-メタノール寒剤を利用した場合は, 最高で実験時の大気圧の93.56%の高さまで水銀柱が上昇した。活性炭の形状としては比表面積の広い粉末状のほうが良い結果を得た。しかし, 氷-塩化ナトリウム寒剤では, 最高でも観測時の大気圧の6割程度の高さまでしか水銀柱が上がらなかった。市販の冷蔵庫用脱臭剤でも同様の結果を得た。

 また, 液体窒素で冷却した活性炭を用いると, 真空放電が観察できた。


1. はじめに


 圧力を理解するための演示実験の一つに「トリチェリーの真空」がある。この実験の発展として, 水銀が入っている容器に約1 mのガラス管を垂直に立て, ガラス管の上方から排気し真空状態をつくると, その時の大気圧に相当する水銀柱がガラス管内に生じることを確認させる実験教材も紹介されている1, 2)

 藤木や左巻は, 小中学校の教育現場にとって比較的高価な機器である真空ポンプを利用せず, 安価で身のまわりの物質の1つである, 活性炭の気体の物理吸着特性を利用して水銀柱が上昇し, 大気圧を示す実験を考案した3, 4)。左巻はこれを「簡易トリチェリー」と名付けて紹介している4)。冷蔵庫の脱臭剤としても利用さている活性炭は, 通常1 gあたり800〜1500 m2の表面積をもち5), 沸点や臨界温度の高い物質が吸着されやすい。15 ℃で活性炭1 gは酸素, 窒素とも8 cm3を吸着でき, 0 ℃ではその約2倍を吸着できる6, 7)

 活性炭の固体表面に, 空気中の気体分子が吸着する過程のギブスエネルギー変化ΔGは, 以下の式で表される。

ΔG=ΔH−TΔS

 ここで, ΔHは気体分子が活性炭へ吸着する際のエンタルピー変化, ΔSはエントロピー変化, Tは絶対温度である。吸着とは気体分子が活性炭との界面で拘束された状態であるので, それまで自由に動き回っていた気体分子の自由度は小さくなり, 乱雑さが低下する。そのためΔS<0となり, −TΔS>0となる。吸着が自発的に起こるためにはΔG<0とならなければならないので, ΔHは常に負でなければならない。このように吸着は発熱過程である。この時, −TΔSをなるべく小さくするとΔG<0へ有利に働き, より一層吸着される。室温で容器中の活性炭と空気との吸着反応が平衡状態にあるとき, 冷却して温度を低くすると, ルシャトリエの原理(平衡移動の原理)からこの冷却の影響を打ち消すように発熱反応である吸着反応が進むように平衡が移動する。そのため, 温度が低いほうが吸着が起こりやすくなる。活性炭を用いたこの簡易トリチェリー実験は, 低温にすることで活性炭の気体吸着量が増加することを利用したものである。その方法は, ガラス管の上端側に取り付けられた活性炭の入った容器を液体窒素などの寒剤で冷却することで, ガラス管内の空気を吸着させる。低温にすればするほど気体分子は活性炭に多く吸着され, ガラス管内は徐々に真空になり, ガラス管内を水銀が上昇する。最終的に高い真空度へ到達すると, ガラス管内に生じる水銀柱は, 大気圧下で示すであろう水銀柱の高さへと近づく。この実験は, 真空をつくり出すと水銀柱が大気圧相当の高さまで上昇し, そこで止まることを確認する, 「トリチェリーの真空」の発展教材としてだけではなく, 冷却によって発熱反応である吸着が促進され, 冷却をやめて室温まで戻すと活性炭表面から気体分子が離脱する吸熱反応が起こることを水銀柱の上下で観察するルシャトリエの原理の実験教材にも利用可能である。この時, 実験で使用する活性炭は通常空気に触れている状態で販売・保存されており, すでに空気を一定程度吸着している平衡状態である。そのため, 市販の活性炭が冷却によってさらにどれだけの量の空気を吸着できるのかを知っておくことは本実験を成功するために重要なことである。しかし, 上述の実験書には極低温で活性炭が吸着可能な空気の量が明記されていない。さらに, この実験方法には以下に示すような点で不明瞭なところがある。

(1) 活性炭の量や活性炭を入れる容器の大きさが明示されていない。

(2) 「アルコール-ドライアイス寒剤でも同じ結果になる」との記述4)が誤解を招くおそれがある。

 藤木も左巻も使用する活性炭の量を明示することなく, 活性炭を「つめる(詰める)」という表記があるだけである。実験装置の模式図から判断すると, 両者とも容器の1/2〜2/3程度の量を提示しているため「充填」という意味ではなく, 「入れる」という意味で「つめる」という言葉を用いていると推察される。この際, 藤木の装置では, 一端を閉じた一本のガラス管をコの字に曲げてから, 閉じた方の末端側に活性炭を約5 cmの高さまで入れるよう示しているため, その準備は容易ではない。左巻はそれを改良し, 活性炭を入れる容器を別に用意し簡便にしたが, その容器の大きさが明示されず, 装置の模式図から判断すると長さ30 cm, 直径2〜3 cm程度のかなり大きな試験管を用いなければならない。このように活性炭の量や容器の大きさが不明確であるため, 活性炭を用いる量によっては, 活性炭の物理吸着特性よりも装置内部の空気の冷却による収縮や酸素の液化による体積変化も考慮する必要がある。例えば, 活性炭を入れる容器に100 mLのパイレックス製三角フラスコ8)を選択し, 図1に示す実験装置で実験した結果, 数分で活性炭が無くても大気圧の68%まで水銀柱が上昇した(写真1)。これは装置内の空気が収縮したことで生じている。この時, フラスコ内に酸素の液体を目視で観察することは無かったため酸素の液化の影響は無視できるであろう。このフラスコに0.50 gの活性炭(関東化学製, 粒状)を入れて冷却すると, 大気圧の91.78%の高さまで上昇した(表1)。この結果はごく少量の活性炭でも真空に近い状態をつくることが可能であるが, 活性炭の量と入れる容器の大きさが実験結果に影響することを示している。つまり適切な容器の大きさとその容器に応じた活性炭の使用量を明示しないと, 「活性炭の特性」を十分利用した結果とは言えない実験となる可能性がある。教師用の実験マニュアルには方法だけではなく, 適切な結果をもたらす条件の詳細や一例を明示する必要があろう。

図1

図1 簡易トリチェリーの実験装置(ガラス管は長さ140 cm, 外径8.0 mm, 内径5.5 mmを加工(自作)して用いた。活性炭と水銀の容器はともにパイレックス製100 mL三角フラスコを利用した。)


写真1左 写真1右

写真1 図1の装置での実験の様子(左; 活性炭なし, 右; 関東化学製粒状活性炭0.50 g使用時, 長尺は実験台からの高さを示しており, 実際の水銀柱の高さは実験台と水銀液面との差を引いた値となる。)


表1 100 mLパイレックス製三角フラスコを活性炭を入れる容器に用いた場合の結果

表1


 さらに, 活性炭の気体吸着量は温度に依存するため, 液体窒素より高い温度となるアルコール-ドライアイス寒剤の場合には, 液体窒素を使用した場合よりも水銀柱の高さは低くなることが予想できる。この場合も, アルコール-ドライアイス寒剤で代用可能であることを明示する際には, 寒剤によって結果に生じる差もあわせて示す必要がある。また, 活性炭が真空ポンプの代わりになるのであれば, その真空到達度によっては他の実験教材への応用も可能である。

 そこで本報では, この簡易トリチェリー実験を実施する際の教師用補助資料として, 最適な活性炭の量や形状, 実験で必要な寒剤の温度について報告する。さらに, 中学校の理科授業実践で高真空が必要である真空放電への適用可能性についても報告する。



2. 材料と方法


2.1 試薬

 本研究では, 水銀は和光純薬製特級130 gと関東化学製特級500gを混合し,100 mLパイレックス製三角フラスコに入れて用いた。

 活性炭は関東化学製の粒状(粒径3.35〜4.75 mm)と粉末(粒径20 μm)のものを用いた。また, 市販の冷蔵庫用脱臭剤に含まれている活性炭でも同様の結果が得られるかどうかを確認した。現在市販されている多くの脱臭剤は活性炭をゼリー状に固めており活性炭を取り出すのが困難である。今回はゼリー状に固めてられていない, 粒状の活性炭が取り出しやすい商品を選択した。用いた冷蔵庫用脱臭剤は小林製薬製「キムコ冷蔵庫用脱臭剤」と「キムコ冷蔵庫用脱臭剤8倍パワー」の2種類である。ともに近所のホームセンターで購入した。

2.2 寒剤

 寒剤は液体窒素の他, ドライアイス-メタノール9)寒剤(実測値−73.0 ℃), 氷-塩化ナトリウム寒剤(実測値−21.0 ℃)を用いた。ドライアイス-メタノール寒剤はメタノールにドライアイスを入れ, メタノール中にドライアイスが溶け残っている状況で, 温度計の示度が一定の値を示したものを用いた。氷-塩化ナトリウム寒剤は, かき氷製造器で細かく砕いた大量の氷に温度計の示度が一定の値を示すまで市販の食塩を少しずつ混ぜて調製した。

2.3 実験装置

 活性炭の容器は試験管(容積5.0 mL), 容器容積が30.0 mLと40.0 mLの三角フラスコ, 100 mL, 300 mL, 500 mLのパイレックス製三角フラスコを用いた。試験管は外径16.0 mm, 内径14.5 mmの試験管を底から5 cmの位置で切断したもの(写真2)を用いた。

写真2

写真2 実験用に加工した試験管(中の黒い粒は関東化学製の粒状活性炭である。)


 コの字ガラス管は, 長さ140 cm, 外径8.0 mm, 内径5.5 mmのものを用いて自作した。まず, ガラス管の内部を1.0 mol/L硝酸で洗浄した。次に端から約95 cmの位置で90°に曲げ, さらに約24 cm離れた位置でさらに90°に曲げた(写真3)。加工後のガラス管内の容積は40.0 mLであった。次にガラス管の短い方の端に同じ太さの二方コックの一方を真空ポンプ用ゴム管10)で連結した。二方コックの他方には活性炭の逆流を防止するため, キムワイプをフィルターとして中に入れたシリコンゴム栓付きガラス管(太さは自作コの字ガラス管と同じもの, 長さ6 cm)を同じように真空ポンプ用ゴム管で接続した(図2, 写真4)。

コの字管 失敗例

写真3 自作したコの字ガラス管(左; 完成したコの字部分, 右; L字に曲げた部分の失敗例(中でつぶれている))


図2

図2 実際に使用した実験装置の模式図


写真4

写真4 実際に使用した実験装置全体の写真

 各容器を接続した場合の実験装置内部全体の容積と使用した活性炭の量は表2の通りである。各容器における活性炭量の上限値(値が1つの場合はその値)は容器に充填した時の最大値を示している。

表2 実験装置内部全体の容積と使用した活性炭の量

表2


 水銀柱の高さはシンワ測定株式会社製のステンレス製1000 mm直尺で測定した11)。実験時の大気圧はいすゞ製作所のアネロイド型気圧計B-125-ONで測定した。

 真空放電の実験では, 容器容積40.0 mLの三角フラスコをガイスラー管に真空ポンプ用ゴム管を用いて接続し, 電源として松下電器製野外用高力率ネオン変圧器(12,000 V)を使用した(写真5)。実験装置全体の容積は約112 mLであった。

写真5

写真5 真空放電の実験装置

2.4 方法

2.4.1 活性炭の量や形状, 冷却温度と水銀柱の高さとの関係を調べる実験

 基本的な実験方法は, 左巻4)の方法に倣った。図2のように, コックを開けて活性炭の入った容器をシリコンゴム栓に取り付け, ガラス管の長い方の端を水銀の入っている容器の底まで浸した12)。活性炭の入った容器を寒剤に浸し, 一定時間が経過し, 水銀の上昇が止まったところでコックを閉じ, その水銀柱の高さを測定した。

 測定後はコックを閉じたまま活性炭の容器を寒剤から取り出し, その後容器をゴム栓から取り外した。これは, 図1のようなコックを取り付けていない装置の場合, 活性炭の容器を寒剤から取り出すと, 吸着していた気体が放出され, 活性炭が容器の中を舞い上がりガラス管内を逆流し, 水銀容器へ混入することがあったためである。反対に水銀容器からガラス管を取り出そうとすると, 水銀が活性炭容器へ混入することもあったので同様に注意が必要である。

2.4.2 真空放電

 関東化学製の活性炭を容器に満量まで充填した。その容器を液体窒素で冷却し, ガイスラー管に12,000 Vの電圧をかけ, ガイスラー管内部での放電の様子を観察した。この時, ガイスラー管への負荷を軽減するため, 放電は間隔を置いて行った。


3. 結果と考察


3.1 寒剤が液体窒素の場合

 まず初めに, 関東化学製活性炭と液体窒素で実験を行った。活性炭の容器は, 自作試験管を用いた。水銀柱の上昇には1分20秒から2分20秒程度かかり, 活性炭の量が増えると短時間で上昇した。冷却開始から2分30秒後には一定の値を示して止まっていた。表3および図3はその結果である。自作試験管の場合, 冷却開始から3分20秒を超えると水銀柱が下降し始めた。これはシリコンゴム栓と試験管との間に隙間が生じ, そこから空気が入り込み, 真空が保てなくなったことが原因だと推察される。容器を小さくしたため, 100 mLフラスコを用いた時よりも空の状態での水銀柱の上昇は小さく, 冷却による気体の収縮の影響が小さくなった。今回の実験装置では活性炭の形状に関係なく, 0.30 g以上使用すると実験時の大気圧の99%以上まで水銀柱は上昇し, 最高で99.93%まで到達できた。液体窒素を用いた場合, 「トリチェリーの真空」の発展教材実験として十分利用できると言える。形状の違いによる結果の差がないため, 学校教育現場では取り扱いが簡単な粒状の活性炭で実験するほうが良いと思われる。

表3 液体窒素で冷却した場合の結果

表3


表3左(粒状活性炭+液体窒素) 表3右(粉末活性炭+液体窒素)

図3 液体窒素で冷却した場合の水銀柱の高さと大気圧との比(左; 粒状活性炭使用時, 右; 粉末活性炭使用時, - - ●; 水銀柱の高さ, ー○; 水銀柱の高さと大気圧との比(%))


3.2 ドライアイス-メタノール寒剤の場合

 表4および図4は, 関東化学製活性炭とドライアイス-メタノール寒剤での結果である。冷却開始から15分で水銀柱の高さは一定を維持しており, それ以上冷却しても液体窒素の時のように水銀柱が下降するということは無かった。同じ質量では粉末状の方が粒状のものより水銀柱が若干高くなった。これは比表面積(1 gあたりの表面積)の差が影響しており, 比表面積が広い粉末状のものが良い結果を示したと考えられる。今回の実験装置では粉末状で13.0 g, 粒状で15.0 g以上使用すると実験時の大気圧の90%以上まで水銀柱は上昇し, 最高で93.56%(粉末状)まで到達した。今回の実験装置では水銀柱の高さは大気圧相当とならないため, 厳密には「トリチェリーの真空」の発展教材実験としての利用は難しい。液体窒素に比べて水銀柱の高さが低くなったのは, ドライアイス-メタノール寒剤の温度が液体窒素より高い分, 活性炭の気体吸着能力が低くなるからであろう。ドライアイス-メタノール寒剤で簡易トリチェリーの実験を行う際も, 形状の違いによる結果の差は小さいので, 液体窒素の時と同様に学校教育現場では取り扱いが簡単な粒状のもので実験するほうが良いと思われる。

表4 ドライアイス-メタノール寒剤で冷却した場合の結果

表4


表4左(粒状活性炭+ドライアイス) 表4右(粉末活性炭+ドライアイス)

図4 ドライアイス-メタノール寒剤で冷却した場合の水銀柱の高さと大気圧との比(左; 粒状活性炭使用時, 右; 粉末活性炭使用時, - - ; 水銀柱の高さ, ー ; 水銀柱の高さと大気圧との比(%), ●; 5.0 mL試験管, ■; 30.0 mL三角フラスコ, ◆; 40.0 mL三角フラスコ, ▲; 100 mLパイレックス製三角フラスコ)


3.3 氷-塩化ナトリウム寒剤の場合

 表5および図5は関東化学製活性炭と氷-塩化ナトリウム寒剤での結果である。ドライアイス-メタノール寒剤の時と同様に, 冷却開始から25分で水銀柱の高さは一定を維持しており, それ以上冷却しても液体窒素の時のように水銀柱が下降するということは無かった。同質量では粉末状の方が粒状のものより水銀柱が若干高くなることが多かった。しかし, 今回の実験装置では最高でも実験時の大気圧の60.98%の高さまでしか水銀柱は上昇しなかった。氷-塩化ナトリウム寒剤程度の低温では, 冷却に時間もかかり, またその結果も他の寒剤に比べて悪いため, 簡易トリチェリーの実験には不適当であると言える。

表5 氷-塩化ナトリウム寒剤で冷却した場合の結果

表5


表5左(粒状活性炭+氷-塩化ナトリウム) 表5右(粉末活性炭+氷-塩化ナトリウム)

図5 ドライアイス-メタノール寒剤で冷却した場合の水銀柱の高さと大気圧との比(左; 粒状活性炭使用時, 右; 粉末活性炭使用時, - - ; 水銀柱の高さ, ー ; 水銀柱の高さと大気圧との比(%), ◆; 40.0 mL三角フラスコ, ▲; 100 mLパイレックス製三角フラスコ, ▼; 300 mLパイレックス製三角フラスコ, ○; 500 mLパイレックス製三角フラスコ)


3.4 市販されている冷蔵庫用脱臭剤の場合

 上述の結果を受けて, 市販されている冷蔵庫用脱臭剤でも同様の実験を行った。表6はその結果である。ドライアイス-メタノール寒剤を利用した時は, どちらも関東化学製活性炭と同程度の結果を示した。しかし, 液体窒素を寒剤に使用した際には, 「キムコ冷蔵庫用脱臭剤」は関東化学製活性炭と同様の結果を示したが, 「キムコ冷蔵庫用脱臭剤8倍パワー」の方が劣る結果となった。両方に含まれている活性炭の形状を観察すると, 「キムコ冷蔵庫用脱臭剤」は大きさが2.0 mm〜5.0 mm程度の角張った粒しか含まれていなかったが, 「キムコ冷蔵庫用脱臭剤8倍パワー」には角張った粒の他に直径が0.2 mm〜1.5 mm程度の丸い粒も含まれていた(写真6)。そこで, これら2つの粒を目視で分別し, それぞれを単独で用いて実験した。その結果, 角張った粒のみを用いた場合には, 関東化学製活性炭や「キムコ冷蔵庫用脱臭剤」と同様の結果を示したが, 丸粒のみを用いた場合には角張った粒よりも低い結果を得た。

写真6Aキムコ 写真6Bキムコ8倍

A                     B

写真6C角粒 写真6D丸粒

C                     D

写真6 実験で使用した市販の冷蔵庫用脱臭剤に含まれていた活性炭(A; 「キムコ冷蔵庫用脱臭剤」に含まれていた活性炭, B; 「キムコ冷蔵庫用脱臭剤8倍パワー」に含まれていた活性炭, C; 「キムコ冷蔵庫用脱臭剤8倍パワー」に含まれていた角張った粒, D; 「キムコ冷蔵庫用脱臭剤8倍パワー」に含まれていた丸い粒)


表6 市販の冷蔵庫用脱臭剤での結果

表6


 以上の結果から, 冷蔵庫用活性炭で十分実施可能であるが, 内容物の種類や形状によっては注意が必要であると言える。これらの商品は, 冷蔵庫内の温度(約4 ℃)で最も食品から出るにおいを吸着できるような工夫が施されているのであろう。従って, 今回の実験のようにその製品の本来の目的と異なることに使用する際には, 期待される実験結果が得られない場合もあると言える。

3.5 真空ポンプの代用としての真空放電への適用可能性

 写真7および動画(未編集版, 編集版)は粉末活性炭を液体窒素で冷却して真空ポンプの代わりとした時の真空放電の結果である。粒状活性炭でも同様の変化を観察できた。前述の結果から, この実験装置の場合, 単純計算で1.0 g程度の活性炭で十分な真空度を到達できると思われるが, 容器が小さすぎると短時間しか真空を保てないことも予想される。そのため, 観察時間を長く確保できるようにするため, 少し大きめの容器に推定される必要量よりも大過剰の活性炭を充填することで容器容積の増加に伴う装置全体の空気の量の増加を可能なかぎり押さえつつ, 長時間冷却しても高い真空度が保持できるように工夫した。実験開始から50秒ほど経過した時からガイスラー管の内部で放電が起こるのが観察された。時間の経過とともに徐々に紫から青白, 緑白色へと変化していくことが観察された。教科書13)に掲載されているクロス真空管の放電の様子と比較して, かなりの高真空になっていることが推察できる。8分30秒を経過したころから放電の色が再び紫色へと変化していき, 8分47秒には放電しなくなった。これは, シリコンゴム栓の部分から空気が入り込んだことが原因だと推察される。この結果から活性炭と液体窒素の組み合わせは真空ポンプの代用として真空放電にも十分活用可能であると言える。

写真7_50秒19 写真7_01分01秒16 写真7_01分13秒02 写真7_01分26秒01 写真7_01分47秒20 写真7_01分50秒02

写真7_01分59秒10 写真7_02分00秒03 写真7_02分13秒15 写真7_02分19秒18 写真7_02分26秒22 写真7_02分37秒17

写真7_02分51秒13 写真7_02分58秒00 写真7_03分08秒22 写真7_03分08秒22 写真7_04分00秒01 写真7_04分40秒19

写真7_05分38秒02 写真7_05分52秒27 写真7_05分54秒09 写真7_05分54秒24 写真7_05分50秒09 写真7_05分58秒24

写真7_06分16秒21 写真7_06分34秒27 写真7_07分04秒09 写真7_08分28秒17 写真7_08分28秒27 写真7_08分29秒02

写真7_08分29秒04 写真7_08分29秒07 写真7_08分29秒17 写真7_08分29秒18 写真7_08分29秒20 写真7_08分29秒22

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写真7_08分32秒06 写真7_08分32秒24 写真7_08分35秒12 写真7_08分36秒16

写真7 真空放電の様子


4. おわりに


 気体が活性炭に物理的に吸着する特性を利用して, 簡易トリチェリー実験を行う際には, 0.3 g程度の少量の活性炭でも十分実験可能である。今回の実験装置では, その粒形に関係なく, 液体窒素で実験時の大気圧の99%以上, ドライアイス-メタノール寒剤を利用すると90%以上まで水銀柱が上昇することを確認できた。真空状態をつくると水銀柱が大気圧相当まで上昇することを確認する際には, 液体窒素を用いるべきである。また, 容器に空隙があると気体の冷却による収縮の影響を無視できなくなるので, 活性炭の量に応じた容器を用いるべきであり, 可能な限り活性炭を容器の満量まで充填することが重要である。市販の冷蔵庫用脱臭剤でも実験可能だが, 活性炭の種類によっては吸着特性が異なるものもあることから生徒の前で演示する前に予備実験を行い, 適切な条件を確認する必要がある。

 活性炭と液体窒素を用いると真空放電も観察することができる。真空放電以外の, 例えば真空鈴の実験でも活性炭は真空ポンプの代わりに活用できることが期待される。その費用は液体窒素の費用を含めて1回あたり1000円〜2000円程度で済み, 真空ポンプが故障している時や購入できない時などに有効である。

【文献および註解】


1) 左巻健男, 滝川洋二編著, たのしくわかる物理実験事典, pp.136-137, 東京書籍(1998)

2) 藤澤隆次, 気体をとらえるには−演示実験と授業の工夫−, 化学教育ジャーナル, 5(1), http://chem.sci.utsunomiya-u.ac.jp/v5n1/fujisawa/(2001)

3) 藤木源吾, 化學講義實験法, pp.32-33, 共立出版(1950)

4) 左巻健男編著, たのしくわかる化学実験事典, pp.106-107, 東京書籍(1996)

5) 瀬川幸一, 基礎からみた界面現象 7. 吸着 ― 固-気界面の利用 ―, 化学と教育, 39(5), pp.543-547(1991)

6) 柳井 弘, 活性炭読本, pp.68-69, 日刊工業新聞社(1976)

7) J.W. ハスラー, 活性炭 効果的な利用の基礎と実際, pp.19-23(1966)

8) この時, 活性炭が空気を吸着することで容器内部が減圧になる。三角フラスコは内部が減圧で外側から大気圧に押される力に弱いため, 通常は丸底フラスコを用いるべきである。しかしながら, 筆者らの実験室には適当な大きさの丸底フラスコが無く, 大きさの違う三角フラスコがそろっていたため, 今回はあえて三角フラスコを用いた。今回の一連の実験では, 減圧によって三角フラスコが割れることはなかったが, 真空になると割れる危険があるため, 可能であれば丸底フラスコを用いたり, 万が一割れても安全に演示できるような工夫が必要である。

9) 今回は安価なメタノールを利用したが, 生徒への演示にはより安全なエタノールを利用すべきである。

10) 普通のゴム管でも可能だが, このとき減圧によってゴム管がつぶれてしまい, 実験が失敗するおそれもあるため, ガラス管の連結部に隙間ができないように注意しなければならないと左巻は前掲書4)で指摘している。

11) 通常大気圧は0 ℃における水銀柱の高さとして表される。水銀を用いたフオルタンの気圧計で大気圧を測定する場合でも, 厳密には得られた水銀柱の高さ(その室温における見かけの気圧)に対して, 温度補正, 毛管補正, 重力補正を加えなければならない。この実験で得られた水銀柱の高さについても本来ならば測定尺の目盛間隔の温度依存性もあわせて考慮し, 補正を加えて0 ℃の際の値に換算する必要がある。今回は, 大気圧そのものを厳密に測定することが主たる目的ではないため, そこまでの補正を加える必要性がないと判断し, 測定値そのものを大気圧として使用した。

12) 今回は換気に留意して実験したが, 水銀は有害であるため, 生徒の前で演示する際には, 換気に留意するだけでなく, ガラス管を水銀に入れた後, 水銀容器に少量の水を入れ, 水銀表面を水で覆い, 水銀が蒸発しないようにすることが望ましい。実験後はパスツールピペット等を用いて水銀表面を覆った水を取り除いた後に密栓して保存する。

13) 上田誠也ほか, 新編新しい科学1分野下, p.19, 東京書籍(1999)


【謝辞・附記】


 本研究の遂行に際して, 法政大学生命科学部環境応用化学科の左巻健男教授から有益なる御示唆を賜りました。この場を借りて感謝申し上げます。

 尚, 本稿は日本化学会第88春季年会(2008年3月, 立教大学)での発表に加筆修正したものである。


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