「化学教育ジャーナル (CEJ)」創刊号/採録番号1-5/1997年9月5日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html


液体窒素を用いた新しい化学実験の開発
(Development of a Novel Chemistry Laboratory
Using Liquid Nitrogen)

小滝 貴子
(Kotaki, Takako)

E-mail: kotaki@chem.sci.utsunomiya-u.ac.jp

宇都宮大学大学院教育学研究科修士課程(物質科学分野)
(Graduate School of Education , Utsunomiya University)
http://ks001.kj.utsunomiya-u.ac.jp/EduUU/

(兼)栃木県立小山北桜高等学校非常勤講師(化学)
(Tochigi prefectural Oyama Hokuoh High School)
http://www.engei-hs.oyama.tochigi.jp/Welcome.html

概要 液体窒素を用いた新しい実験、即ち窒素 ( bp = -195.8℃ ) と酸素 ( bp = -183.0℃ ) の沸点差を利用し、濃縮された酸素中でのスポンジ燃焼を演示する実験について、高等学校におけるその実践結果をまじえて報告する。スポンジなど多孔質の物質を液体窒素の温度まで冷却した後、その中に空気を吹き込むと、通じた気体の酸素は冷やされ凝縮する。このスポンジは酸素が高濃度の状態にあるので、火が付くと勢い良く燃え上がった。さらに,気体・液体間の体積変化の観察にゴム風船を用いた実験についても検討した。

キーワード 高等学校、化学IA、化学IB、空気の成分、液体窒素、液体酸素、低温の実験、物質の三態、シャルルの法則、気体の状態方程式、燃焼

1. はじめに
 空気中の成分である酸素や窒素の性質を調べる実験として、液体窒素を使った実験(文献1)がある。高等学校「化学IA」では、液体窒素を用いた実験(文献2-3)についてはこれまでアルコール、ビニール袋に入れた気体、ゴムボールや花などを用いたものが取り扱われている。著者は今年度、高等学校で「化学IA」を教える機会を得た。この「化学IA」の授業では生徒の興味・関心を高めるため、実験を中心とした構成とすることにした。ここではその中から、液体窒素を使った新規な実験、即ち窒素と酸素の沸点差を利用し、濃縮された酸素中でのスポンジ燃焼を演示する実験について報告する。合わせて気体・液体間の体積変化の観察にゴム風船を用いた実験についても触れる。

2. 実  験
 試薬・器具類:液体窒素(1リットル500円)、発泡スチロール製容器 ( 空箱利用 )、食器洗い用スポンジ(100円)、割り箸、チャッカマン ( ライター )、ゴム風船(50円)
 液体窒素の入手方法については文献2 にも記されているが、取り扱い業者に頼めばジュワー瓶に入れて納入してもらえることが多い。また、ジュワー瓶が無い場合には代わりに魔法瓶が利用できる。
 所要時間:スポンジ燃焼の実験,ゴム風船の実験を合わせて30分

 2. 1 スポンジ燃焼の実験
 市販のスポンジを縦3cm×横3cm×厚さ1cm 程度の大きさに切り、液体窒素浴の中に浸けて、液体窒素の沸騰が収まるまで待つ。


Fig. 1 液体窒素に浸されたスポンジ

 スポンジが冷やされていく過程でスポンジは液体窒素で濡れてゆき、最後にはスポンジ全体が液体窒素の中に浸かってしまう。つまりスポンジ内の空気は追い出され、完全に液体窒素で満たされた状態になる (Fig. 1)。したがってこの過程では、空気中の酸素がスポンジの細孔中に入る余地は無い。


Fig. 2 着火しないスポンジ

 スポンジが液体窒素を十分に吸い込んだところで割り箸でスポンジを取り出し、天麩羅の油を切るように良く液体窒素を振り切る。まず始めにブランク・テストとしてそのままスポンジに着火を試みるが、全く火は着かない (Fig. 2)。


Fig. 3 スポンジの激しい燃焼

 次に息を吹きかけてスポンジの細孔の中に空気を通す。頃合を見計らって火を近づけると酸素中での燃焼と同様、勢い良くスポンジが燃える (Fig. 3)。

 [安全性への配慮]  縦3cm×横3cm×厚さ1cm 程度の大きさのスポンジをこのように燃焼させたときの炎は、最大の場合でも直径 30cm の範囲に広がる程度である。燃焼は瞬時に終わるので、実験者に危険が及んだり、周囲のものに引火する恐れはほとんどない。Fig. 3 に示した例では実験台の上に置いた灰皿の上で着火・燃焼を行っている。これまで同様な操作を十数回行ってきたが特に問題はなかった。ただし、念のため 1m 以内の場所には可燃物を置くべきではない。また、生徒は着火点より 1m 以上離れた場所から見学させるべきである。


Fig. 4 スポンジの燃焼2(小規模な燃焼)

 また、燃焼させたときの炎の大きさは用いるスポンジの大きさで調節可能である。安全のための充分なスペースが確保できない場合には、縦1cm×横1cm×厚さ1cm 程度の大きさに切ったスポンジを用いればよい。この大きさのスポンジならば、教室で教卓の上に置いた灰皿の上でも、安全に着火・燃焼させることができる (Fig. 4)。ただし燃焼が小規模なので、事前にブランクテストとして、スポンジが通常の状態で燃焼する様子を生徒に見せておかなければ、酸素の濃縮効果を納得させ難いであろう。

 2. 2 ゴム風船の実験
 ゴム風船は膨らませ、口を堅く縛っておく。液体窒素を発泡スチロールでできた容器の中に入れておき、大きく膨らませた風船の一部だけ容器中の液体窒素につける。風船内の空気がほとんど凝縮し、ほぼ液体になったら液体窒素浴から風船を取り出すと、数分でもとの大きさに戻る。そのときの体積変化を観察する (Fig. 5)。なお、本稿を投稿後に同様の実験が出版物(文献4)に記載されていること、また”青少年のための科学の祭典”(参照リンキング5)の企画として公開されていることがわかった。


Fig. 5 液体窒素に浸けたゴム風船

3. 結果考察
 スポンジを用いた実験は窒素 ( bp = -195.8℃ ) と酸素 ( bp = -183.0℃ ) の沸点差を利用し、凝縮させた液体酸素を利用したものである。スポンジなど発泡性の物質を液体窒素の中に入れると、実験の部で触れたように液体窒素が細孔中に浸透し、液体窒素で濡れた状態になる。ここで液体窒素浴より取り出したスポンジから液体窒素を良く振り切る。このとき液体窒素が残っていると窒素に遮られて上手く火が付かない。また単に液体窒素を振り切っただけのスポンジは、実験の部に示したようにやはり着火しない。続いてこの液体窒素温度に冷却されたスポンジに、強く息を吹き付けると細孔内に空気が行き渡り、空気中の酸素が凝縮する。このスポンジは一時的に酸素が高濃度の状態になるので、ここで火が付くと勢い良く燃え上がる。火を付けるまでに時間が経ってしまうと、酸素が離散してしまい良く燃えない。授業者は一度予備実験を行い、この加減を見計らっておくとよい。またブランク・テストとして、事前に普通の状態でのスポンジの燃焼を見せておくと、生徒の理解が深まろう。スポンジは有機高分子化合物でありながら、ライターの火を近づけたくらいでは良く燃えない。


Fig. 6 液体窒素温度に冷却したスポンジの細孔内への酸素の凝縮

 ところで液体酸素の凝縮に関しては、試験管を液体窒素浴に浸けて冷却しながら試験管中に酸素ガスを導入し、酸素を液化させようとする実験例や、内部に液体窒素を入れたアルミ製の飲料水の空き缶に酸素ガスを吹き付けて、缶のまわりに凝縮する液体酸素を観察するという実験例が見受けられる(参照リンキング6)。これらはいずれも空気中の酸素ではなく、酸素ボンベから供給される純酸素ガスを凝縮させて液体酸素を得ようとする実験である。平滑な表面を有する試験管内やアルミ缶外周ではその表面積、即ち気体との接触面積は、たかだか数十平方センチメートル程度であり、冷却・凝縮の効率が悪い。当然ながら、”空気”を吹き付けてその中の酸素を液化させようという試みは成功しない。また、単に液体酸素を得るだけの目的ならば、酸素ボンベから透明ビニール袋に純酸素ガスを詰め、それを”2. 2 ゴム風船の実験”と同様に液体窒素浴に浸す方が優れている。淡青色の液体として酸素が液化するのが観察されるが、詳細はまた別の機会に報告したい。

   今回は可燃性多孔質物質としてスポンジを取り上げて、液体窒素温度下における空気中の酸素の凝縮と、それによる激しい燃焼が起こることを報告した。今後さらに、液体窒素温度となった可燃性多孔質物質に吹き込む空気または純酸素と、凝縮する液体酸素の量的関係を明らかにしたい。

4. 高等学校「化学IB」について
 本稿では高等学校「化学IA」の授業を前提として、空気の成分、液体窒素、液体酸素、燃焼などを実験を通じて学習できるように意図されている。一方、高等学校「化学IB」「化学II」は大学進学を前提とした化学教育であることもあって、一般に十分な実験時間をとることは難しいであろう。
 ここで報告したスポンジの燃焼の実験と、ゴム風船を使った実験は準備に手間がかからず、所要時間も演示実験であれば両方合わせて30分程度で間に合う。また内容的にはより高度な要素も多く含んでいるので、「化学IB」の授業にもそのまま活用することができる。以下に関係する「化学IB」の内容と、本実験によって期待される学習効果について以下にまとめた。

「化学IB」の内容       	本実験によって期待される学習効果

物質の三態           	空気(気体)→液体空気→空気(気体)の変化を観察
                	し、気体/液体の体積比の大きさを実感する。
絶対温度            	極低温物質である液体窒素(bp = -195.8℃)を取り
                	扱うことにより、絶対零度を理解しやすくなる。
シャルルの法則と気体の状態方程式	温度による気体(空気)の体積変化が一目瞭然に理解
                	される。
酸素の発生とその性質      	通常の化学反応による方法ではなく、空気中の酸素の
                	凝縮によっても高濃度の酸素が得られることを知る。
窒素の発生とその性質      	液体空気の分留、液体窒素の冷却剤としての利用を体
                	験的に理解する。

5. おわりに
 この液体窒素の実験では、従来の花やエタノールを凍結させる実験に加えて、スポンジ・ゴム風船を用いた。この実験を行うに当たり、事前に生徒に実験結果についての予想を立てさせた。スポンジの実験では「冷たいので火が付かない。」「窒素が燃える。」など、ゴム風船の実験では「割れてしまう。」「変わらない。」などと生徒の予想はことごとく外れる結果になった。テレビの CM などで、粉々になるバラや、バナナで釘が打てることなどをほとんどの生徒が見聞きしているため、液体窒素に対する興味・関心を生徒はおおいに持っている。
 ゴム風船を用いた実験の操作は極めて容易なので、演示ではなく生徒実験として取り扱ってみたい。
 
文献、参照リンキング、及び注解
1 ) 例えば,奥間朝春,高江洲瑩,化学と教育,38,310 (1990). 及びその引用文献.
  「液体窒素」を使ったいくつかの実験例は物理教育関係のサイト (http://www.edu.ipa.go.jp/mirrors/rika/Yosenabe/yozikken/netu5.htm) にも記述がある。
2 ) 東京書籍 ( 株 ) 編,”化学の世界 [ IA ] 指導資料”,東京書籍 (1997),p.47.
3 ) 長倉三郎他,”化学の世界 [ IA ] ”,東京書籍 (1997),p.24.
4 ) ”科学実験お楽しみ広場”,新生出版.
5 ) ”青少年のための科学の祭典”に関する情報をインターネット上で積極的に発信しているのは、近畿地区、及び北海道地区の方々である (http://www.edu.ipa.go.jp/mirrors/rika/Saiten/saiten.htm)。しかしながら、それらの情報源からは、「ゴム風船を液体窒素浴に浸けるとしぼんでいく実験」に関する情報は、発見することができなかった。
6 ) 「試験管、及びアルミ缶を用いた液体酸素の凝縮の実験」は物理教育関係のサイト (http://www.edu.ipa.go.jp/mirrors/rika/Yosenabe/yozikken/netu6.htm) に記述がある。その中で”青少年のための科学の祭典”が引用されている。


トップへ     創刊号目次へ