「化学教育ジャーナル(CEJ)」第2巻第1号/採録番号2-5/1998年7月27日受理
マレイシアで化学を教える
高田 泰英 マレイシア政府派遣留学生予備教育派遣教員
(マレイシア工科大学 日本工業系留学予備教育センター 教科担当教員)
私は、マレイシア工科大学(略名UTM)の日本工業系予備教育センター(PPKTJ)において、日本語で化学を教えています。この報告が、海外での教育活動に関心をもたれている先生方の参考になれば幸いです。
PPKTJの目的は、マレイシア国内の中等教育またはポリテクニック(工業専門学校)を終了したマレー系の学生を、マレイシア政府の国費により日本の高等専門学校3年次に編入留学させることです。概略は,1年目で日本語教育をして、2年目は数学・物理・化学の教科教育が中心となります。同じような教育がマラヤ大学(略名UM)でも行われており、ここで予備教育を受けた学生は日本の4年制大学に入学します。学生の数は、年度によって異なりますが、1学年UTM90名、UM160名程度です。日本からの派遣教員の数は、UTM10名(団長1,数学3,物理3,化学3)、UM16名(団長1,数学5,物理4,化学4,世界史1,政治経済1)で、団長以外はほとんど全て現役の高等学校の教師です。学生は日本に留学する前に、日本の文部省試験に合格しなければなりません。この試験は、日本語の読解、文字、聴解、英語、数学、物理、化学について行われ、合否が決定されます。予備教育における教科の授業の目標は二つあります。第一に、日本の大学・高等専門学校の授業に対応できる学力をつけ、文部省試験に合格させること。第二に、日本での日本語による授業に対応でき、日本語の教科書・参考書を独力で読み理解できるようにすることです。そのための取り組み等については、次回に報告したいと思います。今回は、もう少しこの予備教育派遣教員制度について詳しくお伝えします。
この留学生制度はマレイシアと日本の政府間で取り決められたものです。1981年7月に発足したマハティール(1981〜現マレイシア首相)政権は、2020年の先進国入りを目指し、東方政策「ルックイースト」を発表しました。これは、日本の成功と発展の秘密が国民の労働倫理、勤労意欲、国民性としての道徳、教育、学習意欲にあるとし、マレイシアの国づくりのために日本の経験を学ぼうとするものでした。マハティール首相は「倫理と知識を求めて、我々は日本に行くことにした。」と発言し、同国の経済発展のために日本から知識と勤勉さをはじめとする日本人の倫理を学ぶ必要性を強調し、特に日本に対してマレイシアの人材育成に関する強い期待を示しました。これに基づいて同年(1981年)11月に、マレイシア政府は、先ず最初に日本の大学に学部留学生を派遣したいという要請を行ったのです。これに対し日本は、文部省として可能な限り協力する姿勢を示し、両政府間で協議を行いながら準備を整え、翌1982年から現地で実施する学部留学生の予備教育を開始しました。これが現在マラヤ大学で行われている予備教育のスタートとなりました。また、高等専門学校への派遣計画は1982年から(財)国際学友会日本語学校で1年間の予備教育を受けた後、高等専門学校の3年に編入学させていましたが、マレイシア政府からの今後飛躍的に派遣数を拡大したいという要請を受け、学部留学生と同様、現地で2年間の予備教育を行うことになりました。1992年より1年次として国際交流基金から日本語教師が派遣され、次いで1993年第1回目の教科教員が派遣されました。これが私の携わっているマレイシア工科大学での予備教育のスタートです。
これらの予備教育制度は順調に進められてきましたが、昨年7月のタイの貨幣バーツの暴落に始まったアジア地域の通貨恐慌により大きな転機を迎えようとしています。この通貨恐慌によりマレイシアの通貨リンギットも大幅にダウンし、昨年7月に45円 だったリンギットは今年の1月には28円になり、国費留学生に対する国の経費が大幅に増加する見通しとなったため、一時は留学を中止せざる得ない状況に追い込まれました。事実、欧米への国費留学は中止されました。その後、小渕外相の来馬(マレーシアに来ること)による政府間協議により日本の円借款の措置がとられ、留学が実現しました。現在も通貨は安定しておらず、今後の見通しは不透明な状態です。本年度は、新入生の入学が大幅に遅れる等、現場でもその影響が少なからず出てきているように思います。マハティール首相は、現在も強く「ルックイースト」政策の継続を示唆しており、日本もマレイシアとの友好関係を保つうえでこの制度を継続させる方向で動いていますが、通貨の低迷は何ともしがたく、日本への国費留学の制度を根本から見直そうという動きもあります。
最後に、派遣に至るまでの流れと現在の感想を書きたいと思います。県内での選抜(募集方法、選抜方法は各県により異なるようです)があり、次に文部省での面接試験があります。派遣決定後2回の研修を経て、来馬の運びとなります。UTMとUMのどちらへの派遣になるかは、文部省が決めます。今、来馬して3ヶ月が過ぎようとしていますが、こちらに来てよかったと強く思います。国際貢献,新しい視点での化学教育,多民族国家(マレー系6割,中国系3割,インド系1割)のマレイシアでの生活を通しての色々な国の生活文化の吸収,そして、外から日本という国を見、世界の中の日本、アジアの中の日本を知る等の多くの機会を得、今後の教師生活を含めた自分の人生に大きなプラスになると考えます。
Mon, 27 July 1998
YASUHIDE TAKATA
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