「化学教育ジャーナル(CEJ)」第2巻第2号/採録番号2-20/1998年10月20日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html
実験映像のデジタル化
−「炎色反応」及び「アルカリ金属と水との反応」−
東京都立蔵前工業高等学校定時制
教諭 中條 敏明
実験は、理科教育にとってひとつの大きな柱である。実験から学びとるものは多いが、実験後の考察や討論は時間割の関係で後日となってしまう。そこで、実験後の討論や考察、あるいは実験の事前指導に使えるマルチメディア教材の自作を考えた。
本報の構成は以下のとおりである。
炎色反応
「アルカリ金属などの塩を炎の中に入れると揮発してできたアルカリ金属原子などが、更に励起されて元素固有の可視光線をだし、したがって、元素固有の色が見られる。これを炎色反応という。
(中略)この反応を利用して簡単にアルカリ金属などを定性分析することができる。」化学大辞典氈@共立出版より
このように、炎色反応は、定性分析に用いられる反応であり、文字通り、炎に元素に特有な色が見られる反応である。
今回は、以下の元素について実験を行い、映像をデジタル化した。( )内は反応に使った試薬
- リチウム(LiCl)
- ナトリウム(NaCl)
- カリウム(KCl)
- ルビジウム(RbCl)
- セシウム(CsCl)
- カルシウム(CaCl2)
- ストロンチウム(SrCl2)
- バリウム(BaCl2)
- 銅(CuSO4)
炎色反応は、このほかにインジウム、タリウムおよび BO33- があるが、高校レベルではポピュラーな試薬ではないので、割愛した。
実験方法
実験方法は、いくつか考えられる。
- アルコールに各元素の化合物を溶かし込み アルコールランプを利用する方法
これは、見栄えのする実験ではあるが、アルコールランプを試薬の数だけ(ブランクを含めて10個)用意しなければならない。また、ランプの芯に試薬が付着してしまうため、その後の実験でこのアルコールランプを使うと、常に炎に特有の色が出てしまう、などの欠点がある。
- ニクロム線に各元素の化合物を付けてガスバーナーで燃やす方法
安価な方法で、見た目もきれいであるが、撮影上で問題が生じた。燃焼前の明るさと燃焼時の明るさの差がありすぎて、ビデオの表現能力が追いつかないのである。その結果、炎の色が白くなってしまう。
- 各元素化合物の水溶液を、白金線に着けてガスバーナーで燃やす方法
昔ながらの方法である。試薬濃度の加減が難しく、濃すぎるといつまでも試薬が燃えきらず、この状態で次の試薬を実験すると、試薬同士が混じり合ってしまう。薄すぎると一瞬の燃焼で、何色かわからないうちに終わってしまう。このような問題はあるが、ビデオの表現能力、スロー再生を可能にするプログラムを作ることを考えると、この方法が最良であると考えた。
撮影方法
炎の色を際立たせるためバックの色を黒と決め、ラシャ紙を使用することにした。その上で太陽光、蛍光灯、ビデオ用電球、光源なしの4通りで撮影を行った。
太陽光線をはじめ各光源を利用する方法では、被写界深度が深くバックのラシャ紙までピントがあってしまい、ラシャ紙に生じる影が気になった。
そこで以下の条件で撮影することにした。
- 光源のない状態(暗やみの中で、炎色反応を起こすガスバーナーの炎のみが光源となる)
- ガスバーナーとラシャ紙との間隔を充分とる(ラシャ紙はピンボケ状態)
- 実験中にラシャ紙にピントが合わないようにピントを固定
以上の実験方法、撮影方法でSONY「Handycam TR-1」を使い、Hi-8による撮影を数十回行い、利用できる映像を得た。
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アルカリ金属と水との反応
周期表1族に属するアルカリ金属は、希ガスの電子配置に加えて、次の殻の s 軌道に電子がひとつ入った形になっている。このため、アルカリ金属は陽イオンとなって安定な希ガス構造をとりやすく、s 軌道の電子は放れやすい。このことから、アルカリ金属は反応性が大きく、水とも容易に反応する。
金属ナトリウムを例にとると、水と反応した結果、水酸化ナトリウムの水溶液と水素ガスとを生成する。
2Na(s) + 2H2O -----> 2Na+(aq) + 2OH-(aq) + H2(g) + エネルギー
アルカリ金属のうち、ナトリウム、カリウムはこの水との反応で発火する。この様子を撮影、デジタル化した。
実験方法
このようなアルカリ金属の特徴、特にナトリウム、カリウムの発火現象を生徒に見せるため、次のような実験を行っている。
- 500mlビーカーの底に、底面よりも少し大きい濾紙を敷き、たっぷりの水で濡らす。
- この中に米粒大に切った金属ナトリウム、金属カリウムを落とし、濾紙で素早くふたをする。これは、反応の最後に破裂が起こるためである。
生徒はビーカー越しに観察する訳だが、白煙が発生してビーカー内に充満してしまい、反応初期の様子や炎の色は観察できるが、最後は白煙で何も見えなくなってしまう。
撮影は、この欠点を補えるよう工夫した。
撮影方法
大型シャーレを用い、ドラフト内での撮影を行った。濾紙による覆いはせずドラフト内の排気装置によって白煙を排気、反応が最後まで確認できるようにした。
炎色反応の時と同様に、ここでも光源の問題が生じた。ドラフト内には蛍光灯があるが、Hi-8
で撮影した映像にちらつきが出てしまう。太陽光線では、部屋の影がシャーレの壁面に写り込んでしまう。そこで以下の条件で撮影することにした。
- 部屋全体を暗くして、ビデオ用電球のみを使用
- 最後の破裂を避けるために、1 m 程離れて望遠で撮影
以上の実験方法、撮影方法で、撮影を数十回行い、利用できる映像を得た。
ただし、カリウムの映像は、発火前後の明るさの違いが大きすぎ、ビデオの表現能力が追い付かず、炎の色が白く飛んでしまった。
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デジタル化
デジタル映像は1秒間に数 Mbyte の容量を消費してしまう。このデジタル映像を表示する方法として、米アップルコンピューター社が開発した圧縮技術に QuickTime がある。この技術を使えば、 数 Mbyte のデジタル映像を半分以下(時には十分の一以下に)圧縮できる。この技術を利用してデジタル化を行った。
撮影当時、私のコンピューター(Macintosh II ci)は映像の高速処理ができなかった。そこで、コーシングラフィックシステムズ株式会社のソフト「QTJOY」と SONY のコンピュータビデオデッキ「CVD-1000」を利用して、Hi-8 の映像から QuickTime 映像を作ることにした。
機種によってはビデオキャプチャーボードが必要である。
ビデオ信号は、1秒間 30 フレームで映像を表示している。全フレームをデジタル化した場合、処理能力が遅いコンピュータでは、再生時全フレームを描写しようとすると、再生時間が遅くなる。
ところで、QuickTime は映像再生の時間管理が可能である。処理能力が遅いコンピュータの場合、映像を間引きして表示することで時間を合わせる。デジタル化した時点では処理能力が遅く、映像が間引きされ、その結果再生がコマ送り状態になってしまう場合があった。しかし、実験の内容からスロー再生での映像の美しさ、情報の正確さを第一に考え、1秒間 30 フレームの設定とした。
「QTJOY」によってビデオデッキを制御して、一コマずつコマ送りしては画像を記録していく。(この方法は、デッキを酷使する。私の場合、6時間近くコマ送りを続けてデッキのギアが壊れてしまった。現在の「キューティジョイ 2.0」には、この機能はない。コンピューターの処理速度が高速になったため、省いたようである。)
QuickTime 圧縮方法には、「圧縮なし」「アニメーション」「ビデオ」「シネパック」などがある。それぞれに特徴があるが、CD-ROM から再生する映像によく使われている「シネパック」を選んだ。この圧縮方法は圧縮処理に時間がかかるが、出来上がった映像は非常にコンパクトで再生スピードも高速である。
色表現も大事な要素である。色数を落として軽快な再生を図るか、再生の滑らかさより忠実な色再現を図るかも検討した。その結果、実験の再生ということから、フルカラーで収録することにした。
以上の設定でデジタル化を行い、最後に、デジタル化した画像1枚毎に、明るさ、コントラストを調整し、ノイズの入った画像は削除して QuickTime 映像を完成させた。
まとめ
デジタル化した映像(ムービー)は
- 1秒間 30 コマと、ビデオと同じコマ数を持ち、スロー再生でも滑らかに表示できる。
- コンパクトで再生スピードも高速 である。
- フルカラーで収録してある。
個々の映像は「QuickTime」及び「QuickTime Plugin」があれば、Mac、Windows に関係なくブラウザー上で再生可能である。
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ソフト作成
今回は、炎色反応の映像を効率良く見ることができるようなソフト作成を考えた。
実験後の討論や考察に役立つように、以下の四点を考慮し、 Apple 社のオーサリングソフト「ハイパーカード」で作成することにした。QuickTime の開発元であり、最新の技術が使えるためである。ただし Windows 上では出来上がったソフトを見ることはできない。Mac 専用のソフトとなる。
- 各炎色反応は動画として表示する。
- 動画の再生スピードを自由にコントロールでき、スロー再生、逆再生等が可能にする。
- 同系色の反応は並列表示可能にして、比較できるようにする。
- 周期表上での各元素の位置関係がわかるようにする。
上の四点のうち、1. 、2. に関しては QuickTime 映像の再生を完全に制御する必要がある。
「ハイパーカード」の現行バージョン 2.3 は、正式に QuickTime に対応している。
そこで、動画のスピードを任意に設定できるようにrateを記入できるフィールドを設けた。これによって、各人が自由に再生スピードを設定し、好みのスピードで各炎色反応が見られる。
デジタル化の時、一秒間 30 フレームとしたため、スロー再生でも滑らかな再生が可能である。
3. に関しては、三つ以上の映像が同一画面に現れると、画面全体がうるさく感じるため、比較的近い炎色を示すもの二つを対にして、表示することにした。二つの映像が平行して動くことが望ましく、このような観点から新たにページを設けた。炎色の比較をするためにはスロー再生が効果的であり、前項と同じく rate 設定のフィールドを設けた。ただし、時間軸は同一にしたほうが比較には適当と考え、rate 設定は一ヵ所にし、別々の再生時間で動くことのないようにした。
全体を見終わった後、再度各炎色反応を確認するのに、いちいちそこまでの経路をたどっていくのは大変である。そこで、炎色反応の映像のみを、クリックで任意に見られるように、「映像を見る」というページを用意した。ここでも、rate 設定は可能である。
この炎色反応の実験は、周期表の話をし、いくつかの元素記号を覚えさせた後に行っている。そこで、
4. に関しては、遊びの要素を持たせ、元素記号をクリックすれば元素名が表示されるようにした。周期表に少しでも親しんで貰いたいとの思いからである。
[参考]rate 設定について
−ハイパーカード 2.3-J 付属スタック「QuickTime Tools」より−
rate プロパティは、QuickTime ムービーの再生レートを示します。値“1”は、そのムービーが通常の順方向に再生していることを示します。一時停止しているムービーの値は“0”です。負の値は、そのムービーが逆方向に再生していることを示します。一時停止しているムービーの rate を“0”ではない値に設定すると、そのムービーは再生を始めます。
<rate> の値は、-5.0 から 5.0 の間を動きます。(値“1”未満で、スロー再生となる。筆者注)
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