「化学教育ジャーナル(CEJ)」第5巻第1号(通巻8号)発行2001年7月28日/採録番号5-10/2001年5月 8日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html


気体をとらえるには−演示実験と授業の工夫−



城西大学付属城西中学・高等学校 非常勤講師
藤 澤 隆 次
YRA01726@nifty.ne.jp

 

1.はじめに

 近年、学力低下が著しいとよく言われている。原因は何か。教育課程が悪いのであろうか。ぼくはそういったことはないと考える。学校がいわば「予備校化」して、教科の本質を教えなくなってきたからだと推測する。限られた時間の中でより多くの正解を出すためのテクニックに走った授業は、本来の「学校」の姿ではない。「学校」は、教科の成り立ちや骨格を教え、興味や関心を引き出すことに重心をおくべきと考える。つまり「基礎基本」を徹底し、「ゆたかな発想」をつくることに専念すべきである。
 ただ、限られた時間で教科の本質を生徒に理解させることは、現行の黒板とチョークだけの教える側の武器をもってしてはなかなか難しい。「体験や体感」が学ぶことの喜びを覚えるのであり、それを理科で言えば「実験や観察」であろう。「理科」は他教科と比べ身近にある教材を授業に導入しやすく、実験や観察による動機付けがしやすい教科である。生徒が「感動」を覚える授業展開をしてみてはいかがだろうか。
 高校化学IBでは「気体の体積、温度および圧力の間には、気体の種類によらない単純な関係(気体の法則)が成り立つ」ということを学習する。気体には無色・無臭のものが数多く存在しており、視覚にとらえにくい「気体」に対して苦手意識をもつ生徒が多い。この分野は法則が重要視されるあまり、教える側にとっても公式を使えることが法則を理解したように錯覚しやすい分野と思われる。公式を理解することも大切だろうが、これでは化学の本質を理解したことにはならない。そこで筆者は次のような実験を導入することによりそれを実現すべく努力している。

以上、文献1)2)を参考とした。


2.実践事例

 いずれの実験も教室で行え、しかも10〜15分程度あれば充分に可能な演示実験である。  

A.メタノール風船

 メタノールを風船に封入し、熱膨張させる。
 気体には分子運動をするだけのエネルギーがあり、そのエネルギーが圧力につながっていることを導きたい。

・用意するもの
 メタノール、熱湯、水槽、ゴム風船(もしくはポリ袋)
・実験方法
[1] ゴム風船にメタノール3〜5mlを入れる。 図A−1
[2] 水槽にこのゴム風船を入れ、熱湯を注ぐとたちまち膨らむ。 図A−2
  注:風船が破裂する危険がある。お湯は熱いものほど良い。


 図A−1

図A−2
文献3)を参考とした。

 

B.大気圧で缶つぶし

 缶の中を水蒸気で満たしてから密閉し、冷却すると大気圧によって缶はつぶれる。このことから、大気には大気圧があることを理解させたい。
・用意するもの
 空き缶、水、ガスバーナー、三脚、金網、ガムテープ、水槽、軍手
・実験方法
[1] 空き缶に少量の水を入れ、ガスバーナーで加熱して沸騰させる。
[2] 5分程度で缶の中が水蒸気で満たされるので、缶を密封する。
[3] 空冷していると、音を立ててつぶれていく。
[4] つぶれた缶を密封したまま再び加熱すると、原型に近い形に戻る。


 下図は、屋外でドラム缶を用いて行った写真である。
 子どもたちにはよりダイナミックな形で行うと、記憶にとどまりやすい。
 機会があるなら、こちらのほうをお薦めしたい。


図B−1

図B−2
 以上、文献3)を参考とした。

 

C.減圧沸騰

 標高の高い山の山頂では米の生煮えになることがある。これは減圧によって沸点が下がっているからである。ここでは蒸気圧曲線の関係を理解させたい。

・用意するもの
 丸底フラスコ、温度計とガス誘導管付きのゴム栓、吸排式簡易真空ポンプ、沸騰石、熱湯

・実験方法
[1] 丸底フラスコに熱湯と沸騰石を入れる。 図C−1
[2] ゴム栓をし、真空ポンプをとりつけ、減圧していく。
 図C−2は沸騰している様子


図C−1

図C−2

簡易真空ポンプ(吸排式)については、以前は市販されていなくて参考文献4)など、
自作する方法が紹介されていた。
ここでは、中村理科工業(株)より教材として市販されているものを用いた。

D.トリチェリーの実験
 ガラス管の一端を水銀内につけ、もう一方を簡易真空ポンプにつないで真空状態をつくりだすと、約760mmのところで水銀柱が静止する。1気圧=760mmHgを理解させたい。

・用意するもの (図D−1参照)
 水銀25g、ガラス管1m、スタンド、簡易真空ポンプ、トレイ
・実験方法 ※水銀の蒸気は有毒なので、換気には充分注意をする。
[1] スタンドにガラス管を取り付ける。
[2] ガラス管の下端を水銀容器内につける。 図D−2
 注:水銀をこぼすと処理が煩雑なためトレイの中に水銀容器を置いておくと便利。
[3] ガラス管の上端に真空ポンプをつなぎ排気をする。図D−3


図D−1

図D−2

図D−3
参考文献3)では活性炭とドライアイス寒剤を組み合わせて真空をつくりだす方法が紹介されている。


E.注射器でボイルの法則

 気体に圧力を加えたとき体積は小さくなることを定性的に示して、気体の圧力と体積の間には反比例の関係があることの導入にしたい。
・用意するもの
 プラスチックの注射器
 注:ガラス製の注射器は破損のおそれがあり、また高価であるから使用しない。
・実験方法
[1] 注射器を開放形にして、一定量の空気を取り込む。
[2] 注射器の先を指で押さえ、ゆっくりと圧縮していく。
 

F.熱気球でシャルルの法則

 気体に温度を加えたとき体積は増えることを定性的に示して、気体の体積と温度の間には比例関係があることの導入にしたい。

・用意するもの
 エナメル線(ストローでも良い)、セロハンテープ、たこ糸
 カセットコンロと煙突になるようなもの (アルコールランプと
三脚4台でもよい)
 高密度ポリエチレン製ゴミ袋
(厚さ0.015mm,大きさ650×800mm)
 注:低密度ポリエチレン製ゴミ袋は燃える危険があるので不可。
・実験方法
[1] ゴミ袋の口のほうにセロハンテープでエナメル線をとめる。図F−1
[2] 遠くへ飛んでいく危険を避けるため、たこ糸をつけておく。
[3] カセットコンロに煙突をつけ、その上にゴミ袋を被せる。図F−2
[4] 中央にアルコールランプを置き、火をつける。
[5] 袋が膨らんできて浮き上がる様子が感じられたら手を離す。図F−3


図F−1


図F−2


図F−3

以上、参考文献3)。

G.気体の分子量測定

 ライター用のガスボンベを用い、分子量を測定する手段を身につけさせたい。
・用意するもの
 ライター用のガスボンベ、ガス誘導管、水槽、メスシリンダー、温度計、電子天秤
・実験方法
[1] 実験時の大気圧を測定。(PmmHg)
[2] 水槽に水を入れ、メスシリンダーを立てておく。
[3] 水温測定用に温度計を水槽に入れておく。(t℃)
[4] ガスボンベの質量を電子天秤により正確に測定する。(Wg)
[5] ガスを水上置換により50ml捕集する。(V=50ml)  図G−1
[6] ガスボンベの質量を電子天秤により正確に測定する。(Wg)
[7] 気体の状態方程式を用いて、分子量を測定する。


図G−1

・計算方法

[1] 気体の圧力は大気圧と同一の値とする。
[2] 体積はメスシリンダー中に捕集した量になる。(V=50ml)

[3] 気体定数 

[4] 気体の温度を測定するのは不可能なので、水温と同一値にする。
 絶対温度T=(t+273)K
[5] 気体の状態方程式に種々の条件を入れていく。


・備考

 ガスライターの成分はブタン約90%、プロパン約10%、その他である。
 よって平均分子量はおよそ54.8となる。

オリジナルは参考文献3)や5)に紹介されている。
ここでは、分圧の法則は未学習かつ煩雑なため、水蒸気圧を無視した方法を採用している。
なお、水蒸気圧を考慮するなら、以下の点を付け加える必要がある。

実験時の大気圧(PmmHg) から水蒸気圧(PmmHg)を求め、次の式により真の気体の圧力を求める。

(気体の圧力PmmHg)=(大気圧PmmHg)−(水蒸気圧PmmHg)

            表G−1 水蒸気圧(単位はmmHg  数値は参考文献5)を参照した。)

温度(℃)

4.6

4.9

5.3

5.7

6.1

6.5

7.0

7.5

8.4

8.6

10

9.2

9.8

10.5

11.2

12.0

12.8

13.6

14.5

15.5

16.5

20 17.5 18.7 19.8 21.1 22.4 23.8 25.2 26.7 28.4 30.0
よって気体の状態方程式は次のようになる。


3.実験を通した授業の成果
 化学IBは原則として4単位の科目である。この分野の配当時間は6時間をめやすとされているが、これらの実験をすべて生徒実験として導入したとすると、実験の事前・事後の解説の時間を含め、およそ10時間ぐらいは必要であろう。だから、教科書を終わらそうとするなら、なるべく実験を行わずに一般教室での座学中心の授業になりがちである。
 筆者は、従来の解説中心の授業でボイルの法則を説明するために1時間をかけていた。しかし、この実験を用いることにより、生徒たちは法則に対しての感覚がつかめるため、約10分程度にまで圧縮することができた。百聞は一見に如かずとはよくいったものである。
 生徒たちは実験に対して、興味・関心が非常に高い。生徒たちの学ぼうとする心を大切にするためにも、生徒実験が無理と思えるなら、教室での演示実験をお薦めしたい。
 卒業式を迎えたとき、生徒たちから「あの実験をもう一度やってほしい」という言葉が出たときは、教師として嬉しい限りであった。

4.最後に
B.「大気圧で缶つぶし」の実験を行ったあとで、生徒にはこんな質問をしてみる。
「人間もドラム缶がつぶれるくらいの大気圧を受けて生きているんだ。でも、なんで人間は押しつぶされないの?」
これには即答できない生徒が多い。また考えずに答えを待っている生徒も多い。
体の中の臓器にも大気があることが理解できていたとしても関連性を持たないでいるのである。
また、普段から「自ら考える」ことに慣れていないと思われる。
子どもたちには、もっと身近なところから「科学」を考えてほしいものである。

5.謝辞
 この執筆にあたっては、盛口襄さん、左巻健男さん、梅津徹郎さんの各実験法をもとにまとめさせて頂いた。
この場を借りて感謝する次第である。

6.参考文献

1 丹羽健夫著「悪問だらけの大学入試」集英社新書
2) 「化学IB」東京書籍 平成9年文部省検定済教科書
3) 左巻健男編著「たのしくわかる化学実験事典」東京書籍
4)
 たとえば「化学と教育1997.10」日本化学会 など
5) 
第一学習社編「化学・探求活動の実践[IB+II]」第一学習社 


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