「化学教育ジャーナル(CEJ)」第5巻第1号(通巻8号)発行2001年7月28日/採録番号5-12/2001年5月28日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html


ものづくりから探求学習へ
−藍のたたき染めのしおりづくりを通して−



 神崎夏子 神奈川県立荏田高等学校
HCA03152@nifty.ne.jp

1.はじめに

     児童の知的好奇心を高め,実感を伴う理解をはかるため,2002年から全面実施となる小学校の新学習指導要領では各学年の「物質とエネルギー」の指導にあたって,ものづくりを行うことを充実させている。理科離れが問題となっている現状では,生徒の好奇心を高めるため物質を学ぶ化学の授業で,小学校ならずともものづくりを取り入れたいものである。一方,新指導要領では小学校,中学校,高等学校ともに,自然環境と人間のかかわりを一層重視することが明記されている。これは,物質を学ぶ化学では,大切な視点であろう。
     筆者は科学の進歩につながる昔の人々の知恵に触れながら,自然を大切にする心を育てられればと考え,古い時代から人々が染色に利用してきた藍についての教材化1)を試みている。特に,一番古い染色方法であるたたき染めは植物の色素に直接触れる事が可能であり,化学の良い教材である。藍のたたき染めについては鳥本らが木綿布を使って教材化しているが2,3),他の布で行ったものはみあたらない。そこで,多繊交織布を用いてたたき染めを行ったところ,インジゴの異性体インジルビンと推定される赤紫色がナイロンにだけ,明確に現れることを見出した4,5,6)。インジルビンはインジゴの異性体であり,特殊な条件下で絹布に強く現れることが報告されている赤い色素である7)。この色素がたたき染めでナイロン布のみに現れるのは興味深い。布による発色の違いの興味深さをしおりを作るものつくりの授業として展開したところ好評であった。生徒がしおりを作りながら布による色相の差に注目したところで,単に「楽しいものづくり」でとどまらぬよう,色素を抽出,分離させ,布を染めている色素を探る学習へと発展させることを試みたので報告したい。

2.授業展開

    3年化学 II,一年化学 IB,生物 IB で以下の流れに沿って,藍のたたき染めの授業実践(1997年度,神奈川県立川崎南高校)を行った。実験報告は毎時間教員が作成したレポートに記入させた。

  1. 1校時    藍のたたき染め
    授業内容;  藍染めの歴史を紹介しながら,藍のたたき染めを木綿,絹,ナイロンで行い,
           染色した布は台紙に貼ってしおりとする。
    留意点;   布の染まり方の違いから布の分子構造の違いに注意がいくように指導す
           る。色素の異性体関係,色素が酵素反応,酸化反応の進行により生成され
           ていることを説明する。
  2. 2校時    色素の抽出
    授業内容;  布をたたき染めで染色,サンプル管につめてアセトンで次の時間まで抽出
           する。
    留意点;   抽出溶液の色の観察をさせながら,目的のものを取り出す抽出操作を理解
           させる。
  3. 3校時    色素の分離実験
    授業内容;  前の時間から抽出した色素をTLC板で分離,台紙に貼る。
    留意点 ;  TLC板上で,分離したインジゴの色素の原点からの距離が,絹,木綿,
           ナイロンの抽出液でほぼ同じ高さにあることを確認させる。抽出液の色と,
           TLC板で分離した色を比較,混合物と純物質の関係,混合することによ
           る色の変化について考えさせる。
  4. 4校時    Rf値の比較8)
    授業内容   3年生の化学 II ではRf値(スポットの移動した距離/展開溶媒 の移動した
           距離)を計算,パソコンに入れ,グラフ化した。化学 IB では電卓を用いて
           生徒に計算させ,他の班の値と比較をさせた。
    留意点    前回で実験したTLC板上の青い色素の色が薄くなりほとんど観察されなく
           なっていることから,観察記録にとどめておくにはどうすればよいかを考え
           させ,Rf値の計算への導入とする。

3.実験および結果と解説

  1. 藍を育てる
     藍は4月に種を蒔き,10cmぐらい伸びた後,プランタに移植した。その際,実際に種を蒔くところや芽生えを見せるなど,生徒が植物に興味を持つよう配慮した。たたき染めには葉の量もそれほど必要とせず,屋外で育てたものより屋内でプランタで育てたものの方が葉が柔らかく葉脈がくっきっり出てきれいである。水やりをおこたらず,肥料のやりすぎに注意すれば,手間もかからず簡単に育てられる。4月に種を蒔くと6月にはたたき染めが可能となる。9月になったら花が咲かないないように,穂をつまんだり,温かいところにおいておけば10月ころまでたたき染めが可能である。


    写真1  プランタで育った藍

  2. 藍のたたき染めのしおりづくり
    実験
    1. 藍の葉,木槌,ホットプレート,食品用ラップ,水槽,布(絹,木綿,ナイロンを葉の大きさぐらいに切っておく),しおり用の台紙(色画用紙などを切っておく),書籍用の透明カバーフィルム(台紙より大きめに切る),紙用の孔開けパンチ,を準備する。
    2. プランタの藍の葉を採り,布の上に藍の葉の表を上にして載せ,ラップをかぶせ木槌でたたく。
    3. 10分ぐらいそのままにしておいてから,ラップを取り,セッケンで洗って緑色の色素を落とす。
    4. ホットプレートを利用して布の温度を上げる(教室に2つ準備,生徒は布をもってきて温度を上げる)。
    5. 台紙の上に布を貼り,隅に紙用の孔あけパンチで孔をあけ,リボンをすみにつけてしおりにする。
      *後日,色の変化を観察するとよい。
      *台紙に布をおき,書籍用の透明カバーフィルムをかけると,操作がより簡単となるうえ,布をいためずきれいである1)

       
    写真2 たたき染めをする生徒   写真3 生徒によるたたき染めのしおり
                         左:絹  中央:木綿 右:ナイロン

    実験結果と解説
     セッケンで洗い,葉の葉緑素による緑が除かれると同時にインジゴの青い色が,どの布にも現れ,ホットプレートで加熱するとナイロンのみにインジルビンによる赤(赤紫)い色が観察される。木槌でたたいてからセッケンで洗うまでの時間は長い方がよいが,授業では10分くらいが,妥当である。この時間が長いほど,インジルビンやインジゴの色が観察されやすくなる。これは酵素により,加水分解が進行,葉のインジカンから生じるインドキシルの生成量が増加するためと推定される。アルカリ溶液で洗浄,空気に触れるとただちにインジゴに変わる(図1参照)。
     加熱すると,ナイロン上では,さらにインジルビンと推定される赤紫色を生じる。なお,赤い色は,洗浄前の時間を長くとるほど,日光によくあたった夏葉ほど生じやすく,条件によっては加熱なしでも観察される。木綿,絹では付着していた葉の緑系統の色が幾分退色,青い色がやや強まる。



    図1.藍の色素生成機構

  3. もの作りからの探求実験
    (1) 抽出
    生徒実験
    1. たたき染めと同じ器具・材料,小型サンプル管,駒込ピペット,アセトン,台紙(分離実験の写真参照)を準備する。
    2. ナイロン,木綿,絹布上に藍の葉を5〜8枚,できるだけ布の白い部分が見えなくなるよう広げて置き,サランラップを載せ,木槌でたたき,上と同様,加熱 して染着する。
    3. 布の一部を切り縁の染まってない白い部分は捨てる。染まっている部分の一部を台紙(分離実験の写真6参照)に貼る。残りをさらに細かく切り,小型サンプル管に入れる。
    4. アセトンを,布が浸るくらい加え,フタを締める。サンプル管を傾けてアセトン溶液の色を観察する(写真4参照)。
    5. 次の授業時(1〜3日後),再び抽出液の色(写真4参照)を確認する。
    実験結果と解説
     抽出直後の抽出液の色はナイロンでは,セッケンで洗った際に葉緑素(葉の緑,黄色の色素)が落ちていないと緑,よく落ちていれば青となる。これは台紙に貼った布に緑色に染まっている部分があるかどうかを調べると確認できる。絹の抽出液の色は緑がかった薄い青(葉緑素がよく落ちていないと緑が強まる),木綿では,葉緑素がよく落ちていれば青,よく落ちていないと緑となる。抽出時間が1日を経過すると,抽出液の色はナイロンでは赤紫,木綿や絹では抽出直後の色が強まる。


    写真4(布からの色素の抽出;2日後)
    左:絹  中央:ナイロン 右:木綿

    (2) 分離
    実験
    1. n-ヘキサン,ジエチルエーテル,TLCプラスチックシート【メルク社製(関東化学)製品番号 5748-1M(シリカゲル 60),サイズ 20 × 20 cm,25 枚入り,16,000 円,カッターナイフなどで 8 × 1.5 cm に切断して用いる】,200 ml ビーカー,セロテープ,アルミホイル,毛細管を準備する。
    2. パセリを1日以上,アセトンに浸したサンプル管を準備しておき生徒に渡す。
    3. TLC板の下から約 1.5 cm のところにエンピツで線を引く。3枚のTLC板の線の中央に,それぞれ,上の絹,木綿,ナイロンの抽出液を毛細管で吸い上げて,色が濃くなるまでスポットをつける。2 で準備したパセリの葉の抽出液でも同様に試料を作る。
    4. 200 ml のビーカーに展開溶媒(ジエチルエーテルとn-ヘキサンを2:1の割合で混合)を入れ,TLC板を固定するためのセロテープをビーカーの内側上方に輪にして貼っておく。ここに 3 でスポットをつけたTLC板を,それぞれ下の方が溶媒に浸るようにつけ,アルミホイルで蓋をする(写真5参照)。5分間ぐらいおいて,分離したら引き上げる。
    5. 溶媒の昇ったところにエンピツで印をつける。
    6. 布の色と比較できるように,上記実験で貼った布の下に両面テープでTLC板を貼る(写真6参照)。
    7. 色素の昇った位置に印をつけ,横に色を記入しておく。

       
    写真5 色素の分離実験          写真6 TLC板台紙

    解説
     たたき染めの時点で葉緑素がよくとれていないと,緑や黄色の色素がどの布にも現れるが,ナイロンでは色素が赤,青に,絹では黄色(黄色はぼんやりと現れ,はっきりしたスポットにはなりにくい)と青,木綿では青(黄色も多少現れるが絹よりずっと薄い)に分離していることが確認される。これにより,ナイロン上でのみ赤の色素インジルビンが生じたこと,どの布にもインジゴの青い色素があること,絹には葉の成分の黄色の色素が他に比べて吸着しやすいことを生徒に認識させられ,布により色相の違うことをより明確なものにできる。黄色色素が緑葉中に含まれる色素(カロテノイドやキサントフィル9))であることは,パセリの葉の抽出液のTLC板から確認できる。
     実験結果から,溶媒の高さは同時展開しているので無論のこと,インジゴの青いスポットの位置が,絹,木綿,ナイロン,いずれの場合もほぼ同じ高さまで上昇していることが確認できる。

    (3) Rf値の計算
    計算
    1. 色素の色が分離直後に比べて,退色しているのを観察後,ナイロンの抽出液を分離したTLC板(薄層板)の展開溶媒上端,赤いスポット,青のスポットのそれぞれについて,基線からの位置を計測する。
    2. 各班(化学 II 28人の生徒で実施)の値を班ごとに教師用のパソコン(1台)に入力,各班の青色と赤色の Rf値(=スポットの移動した距離/展開溶媒上端までの距離)を計算して,自分の結果をレポートに書きとる。
    3. 学級全体の値を表にした(下図参照)画面を教師用のパソコンから生徒用のパソコン(約20台)に転送,生徒に自分の班の数値を確認させる。教師用のパソコンで赤,青のRf値をグラフにして,生徒用のパソコンに転送,生徒に自分の班と他の班の値を比較させた。
      *二年生はノートパソコンを一台使用,実験室で班の値を入力,一年生では,パソコンを使わず,電卓で計算を行い他の人のRf値と比較させた。


    写真7 パソコンによるグラフ化

    解説と結果
     生徒による青,赤の色素のRf値はかなりずれる班もあるが,ほぼ同じ値付近に分布している(写真参照,3年化学 II 28人6班の生徒の実験結果,1班のみ他とかけはなれている)。これと自分の実験結果の青いインジゴのスポットが,試料によらず同じ高さまで昇ることから,Rf値は,数値として記録に残すのに妥当であることを理解させる。ただし,温度などの実験条件が違うと値が変わることを付け加える必要がある。また,青と赤の色素の値の違いが明確になるので分離の度合いを表現するのにも適切な値であることを示唆する(グラフを見ると,視覚的に理解できる)。なお,インジルビンは Rf=0.54,インジゴは Rf=0.78 であった(測定時の温度28度前後)2,3,6)。TLC板上の色素はしだいに薄くなるのでエンピツで印をつけておく必要がある。

4・生徒の感想より

5.おわりに

     天然色素による染色の実験は,染色にとどまりがちであるが,このように藍のたたき染めで展開すると,化学反応,混合物と純物質,異性体,高分子(絹,木綿,ナイロン),化学結合,吸着,抽出,分離を教えられるうえに,伝統の藍染め,人と科学とのかかわりに触れさせることが可能となる。今回の実践を通して,ものづくりの実験は生徒の好奇心をそそるのには最適であるが,ただ「楽しかった」にとどまることがないよう留意,課題研究実験や探求活動として発展させれば,生徒に科学の方法を教える良い機会になるのではと考えた。

                   文献

  1. 神崎夏子,岩田敦子,化学と教育,42,145 (1994).
  2. 浅田宏子,鳥本昇,高岡昭,化学と教育,39,74 (1991).
  3. 浅田宏子,鳥本昇,33,348(1985)
  4. 神崎夏子,小俣由美,化学と教育,45,287 (1997).
  5. 神崎夏子,科学技術振興財団科学の祭典事務局編集部発行「青少年のための科学の祭典ニュースレター SAH」,9号 p. 11 (1997).
  6. 神崎夏子,化学と教育,47,209 (1999).
  7. 牛田智,谷上由香,太田真祈,日本家政学会誌,49,389 (1998).
  8. 赤堀四郎監修,「化学実験事典」,講談社,p. 713,p. 952,p. 954.
  9. 大木道則他編集,「化学大辞典」,東京化学同人,p. 208,p. 211,p. 493,p. 527.


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