「化学教育ジャーナル(CEJ)」第5巻第1号（通巻8号）発行2001年7月28日／採録番号5-11／2001年5月 21日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html

梅津徹郎　札幌開成高等学校
HCE01224@nifty.ne.jp

０．化学とはどのような科学か？

　物質認識の育成は化学教育の重要な柱です。そのために，基本的な概念や法則を理解可能な内容と方法で生徒に提示することが，理科教育を担う教師の最大の責務であると言えます。
　では化学とはどのような科学なのでしょうか？さまざまな言われ方がされますが，私は以下のように考えています。

　「化学とは，マクロ物質の特性を認識する科学であり，かつその物質の特性を規定している電子の振る舞いをさぐる科学である。」

　授業では具体的なモノを使い，ミクロとマクロの物質の世界を行きつ戻りつしながら，その特性の由来が電子にあることを示していきたいと考えています。

１．「炭素」の教材化の動機

　電気伝導性という物理的性質に着目して物質を分類する方法があります。科学教育研究協議会（略称：科教協）編集の月刊誌『理科教室』には再三紹介されていて，「物質の三大分類」と言われています。その方法で分類すると，地球上の物質は「金属」「イオン性物質」「分子性物質」の三つに大別され，金属だけが固体でも液体でも電気を通す物質として教えられます。
　しかし，この枠からはみ出る物質（単体）があります。それが「炭素」です。電気伝導性をもつ炭素の単体＝黒鉛（グラファイト）の存在は，身近なモノで確認することができ，しかも物質の特性をミクロとマクロから探ることができる点ですぐれた教材であると考えています。
　今回は，炭素を主成分とするモノを中心にした物質学習の一端を紹介します。

　ところで「認識する」とはどのようなことをさすのでしょうか？私は「対象となる物質をよく理解すること」ととらえています。田中　一さん（前日本社会情報学会会長）は「すべてのものごとには必ず根拠があります。その根拠とともに理解することが『よくわかる』ということです。」という主旨のことを言っています。私も同感です。
　マクロ物質の特性の根拠をミクロ物質である電子の振る舞いに求めることは，十分に妥当性のあることでしょう。なぜなら物質の反応特性や結合は，すべて電子の媒介性から明らかにすることができるからです。化学とは「電子の科学」であるのです。

２．あなたに挑戦！「炭素Ｑ＆Ａ」

Ｑ１）ダイヤモンド（指輪）は電気を通すと思いますか？　〔　通す　・　通さない　〕 Ｑ２）炭素棒（黒鉛）は電気を通すと思いますか？　　　　〔　通す　・　通さない　〕 Ｑ３）キャンプで使う木炭は電気を通すと思いますか？　　〔　通す　・　通さない　〕 Ｑ４）焼き鳥屋さんなどで使われている木炭で「備長炭びんちょうたん」というものが　 　　　あります。普通の木炭にくらべて火もちがよく，しかも高温になります。　　　　 　　　さて「備長炭」は電気を通すと思いますか？　　　　〔　通す　・　通さない　〕 Ｑ５）鉛筆の芯は電気を通すと思いますか？　　　　　　　〔　通す　・　通さない　〕 Ｑ６）シャープペンシルの芯は電気を通すと思いますか？　〔　通す　・　通さない　〕 Ｑ７）習字で使う墨（固形）は電気を通すと思いますか？　〔　通す　・　通さない　〕 Ｑ８）脱臭剤として売られている商品「キムコ」は　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　電気を通すと思いますか？　〔　通す　・　通さない　〕 Ｑ９）石炭は電気を通すと思いますか？　　　　　　　　　〔　通す　・　通さない　〕 Ｑ１０）コークスは電気を通すと思いますか？　　　　　　〔　通す　・　通さない　〕

　
　Ｑ１〜１０を確かめるのにアクションペン（別名ピンポンテスター）というものを使います。これは，永岡書店（東京都練馬区豊玉上1-7-14 TEL 03-3992-5155 ）から出されているもので，微弱電流が流れることで，音と光で「自由電子」の存在を知らせてくれるます。定価は１２００円程度です。

　さてそのアクションペンを使って調べてみると，その結果は以下のようになりました。



電気を通したもの・・・・・・炭素棒（黒鉛），備長炭，鉛筆の芯，シャープペンシル 　　　　　　　　　　　　　　の芯，習字（固形）の墨，脱臭剤「キムコ」，コークス 電気を通さなかったもの・・・ダイヤモンド，キャンプ用の木炭，石炭

　
　伝導率までは調べていませんが，少しでも自由電子があれば，このアクションペンは「ピンポンピンポン」と音と光で教えてくれます。
　アクションペンが鳴ったモノは，少なくとも表面がグラファイト構造になっていたということが予想できます。

３．備長炭の不思議───普通の木炭と何が違う？

　「Ｑ＆Ａ」で確認したように，普通の木炭は電気を通さないのに，備長炭は電気を通しました。
　ここでは備長炭の特徴をみてみましょう。
（もし普通の木炭で電気を通したとしたら，おそらく部分的にグラファイト構造をもっていたと考えられます。）

　備長炭は「白炭」，普通の木炭は「黒炭」と呼ばれています。表面に白っぽい部分があり，切り口が金属光沢をもっているので，備長炭をわざわざ「白炭」と呼んだのでしょう。
　備長炭は元禄年間（１６８８〜１７００年）に紀伊国（和歌山）の備後屋右衛門によって製法が考案されたといわれています。
　その原料は，特産であるブナ科の「ウバメガシ（姥女樫）」でした。ですから，ウバメガシを原料として使用していない「白炭」は，本来の備長炭とは言えません。
　一般に木炭は木を「蒸し焼き」にして炭化させたものです。その焼きの温度はおよそ６００℃ですが，備長炭の焼き温度は１０００〜１１００℃と高温です。
　そのため，備長炭の炭素含有量は９３〜９６％にも達しています。それが，グラファイト構造を多くもっている理由であろうと考えられます。
　さらに備長炭は，普通の木炭とくらべても耐熱性にすぐれ，火もちがよいため，調理用木炭として賞用されているのです。

４．「炭素せっけん」を知っていますか？

　私たちの身の回りには，「釣り竿」「炭素繊維」「靴の中敷」など炭素をつかった商品が多く出回るようになってきています。
　最近目にしたもので「炭素せっけん」というものがあります。東急ハンズ（札幌）には数種類の商品が置かれていました。私はたまたま出掛けた登別温泉の旅館で，『炭透明石鹸』（製造元　株式会社ユゼ）というモノを購入しました。色は真っ黒ですが，手や顔を洗っても黒くなる事はありません。
　パッケージ箱には「薬用炭の吸着作用で，毛穴の奥の汚れや余分な皮脂をしっかり洗浄できます」と印刷されています。（効用の程はまだ確証がありませんが。）



Ｑ）『炭透明石鹸』は電気を通すと思いますか？

　
　残念ながら，『炭透明石鹸』は電気を通しませんでした。炭素の単体ではない『炭透明石鹸』が電気を通さないのは，化学の教師には当たり前ですが，生徒にとっては「ひょっとしたら・・・」という思いがよぎります。
　マクロ物質の炭素（グラファイト構造）の電気伝導性が自由電子に由来することを，身近なモノを使って確認していく作業は，生徒にとってもたのしい物質学習になりました。

５．気分はエジソン！！
　　　シャープペンシルの芯を使って「ワンカップ電球」をつくる

　白熱電球のフィラメントにはタングステンＷが使われています。ここでは，タングステンの代わりに，シャープペンシルの芯を使い，しかも電球には焼酎のワッカップの空瓶を使って「ワンカップ電球」を作ってみます。
　鉛筆やシャープペンシルの芯は電気を通しますが，電気抵抗が大きいので「抵抗発熱体」として使うことができます。

　芯のつくり方は，まず「粘土＋黒鉛＋水」をよく混ぜ合わせ，圧力を加えて丸い筒の形に圧縮します。次にその筒を芯の太さに押し出して切り揃え，乾燥させた後，約１０００℃で２〜３時間焼成してつくります。
　ちなみに，ＨＢの芯は「粘土：黒鉛＝３：７」の割合で混ぜてあります。

　「ワンカップ電球」のオリジナルは和歌山・日高仮説サークルの小田富生さんによるもので，私は札幌自然科学教育研究会で加川勝人さんからこの作り方の紹介をうけました。（１９９４年）


図．「ワンカップ電球」
　
「ワンカップ電球」の作り方

用意するもの


焼酎のワンカップ（ふた付き），ストロー２本（５cm），割り箸（２cm を２本），窒素ガス（カートリッジボンベ），スライダック（小型変圧器），電線（２芯もの）


作り方


1. 電線を２５cm くらい用意し，両端を２cm 位ビニールの被覆をはぎ，銅線を出す。
   
2. ワンカップのフタの真ん中に電線が通る程度の穴をあけ，(1) の電線を通す。
   穴と電線とのすき間を接着剤で埋める。
   
3. フタの内側になる電線部にワニ口クリップをハンダで付ける。
   （ワニ口クリップはシャープペンシルの芯をはさむためのもの）
   
4. フタの外側にストローが通る程度の穴を２つあけ，５〜６cm に切ったストローをそれぞれ差し込む。
   穴とストローのすき間を接着剤で埋める。
   穴の１つは窒素ガスを入れる口。もう１つの穴は窒素ガスを注入したとき，ワンカップ瓶の中の空気の抜け道となる。
   
5. 窒素ガスを注入した後のストローの口をふさぐため，割り箸（２cm，２本）の先端を削っておく。
   

ワンカップ電球に明かりをともす手順


1. ワニ口クリップにシャープペンシルの芯をつける。（６〜７cm）
   
2. ワンカップ瓶にフタを回して，しっかり取り付ける。
   
3. １つのストロー口から窒素ガスを注入し，もう一方の口から空気を追い出す。
   
4. 先端を削った割り箸で，２つのストロー口をふさぐ。
   
5. ワンカップを実験台などに固定し，外側に出ている電線の銅線部をワニ口またはバナナクリップを使ってスライダックの出力側に取り付ける。
   
6. スライダックのダイヤルを徐々にまわして５〜６Ｖで様子をみる。
   煙が出て，ワンカップの中がくもるが，これはシャープの芯の表面にぬってある油分がもえているものである。
   
7. 煙が出なくなった後，さらにダイヤルをまわし，電圧をあげていく。
   （シャープの芯が赤くなっても一気には電圧をあげてはいけない。
   一気にダイヤルをあげると，すぐ燃え尽きてしまうので注意。）
   
8. だいたい８〜１２Ｖで明るく輝きはじめる。
   

　実験後，生徒から「シャープの芯があんなに輝くとは思ってもいなかった。エジソンはすごい！」との感想が多くありました。シャープペンシルの芯の輝きは，発明の素晴らしさを実感できるきっかけにもなったようです。

６．おわりに

　昨年，ノーベル化学賞を受賞した白川英樹さんの講演を札幌で聞く機会がありました。ご存知のように白川さんは１９７６年にケミカルドーピングによるポリアセチレンの導電性発現を発見した，導電性高分子のパイオニアです。
　この発見のきっかけのエピソードの話のなかで「ピカピカ光っていたので，電気を通すかもしれないと思いました。」と語っていました。
　「ピカピカ光っている＝金属光沢」というマクロの性質が，ミクロの自由電子に由来していることは化学での物質学習の基礎となっています。白川さんの発想はごく自然のなりゆきだったように私は思います。まさに「真理は単純である」───と言ってもいいと思います。
　物質学習（構造，反応性など）を「電子の振る舞い」を中心に再構成しなおす試みは，高校化学で十分可能であり，そのような方向での内容・方法の検討もしていきたいと考えています。

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