「化学教育ジャーナル(CEJ)」第5巻第1号(通巻8号)発行2001年7月28日/採録番号5-8/2001年5月 21日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html


実験主体の化学IAの授業実践



福島県立本宮高等学校 渡辺公一
kow1.watanabe@nifty.ne.jp

1.はじめに

・本宮高校の状況と理科のカリキュラム
 本校は福島県中央部の郡山市北方の安達郡本宮町に位置する。1学年あたり普通科4クラス・情報会計科3クラスの計7クラスで構成され、福島県では中規模校である。
 生徒の進路は、就職が最も多いが、近年の就職難を反映して最近は進学も増加している。進学の実態は専門学校が最も多く、次いで私立の短大・大学等でほぼ全員が推薦(指定・一般)による進学である。
 理科のカリキュラムは、以下の通りである。
  普通科 1年 化学IB(必修4単位)
      2年 生物IB(必修4単位)
      3年 物理IB、地学IB、化学II+生物II から選択必修(5単位)
  情報会計科 1年 生物IA(必修2単位)
        2年 化学IA(必修2単位)
        3年 生物IA(2単位)を選択可能

・「理科教育」の危機
 いま、学校に横行している「教科書どおりの授業」では、私は学ぶ喜びを味合わせる授業はできないのではないかと思う。それは、教科書が「学習指導要領」とそれに伴う「教科書検定」によって、皮をはがれ、肉をそぎ落とされ、骨だけでゆとりのなくなったものしか学校現場に出回っていないからである(岩波「科学」2000年10月号p858)。この結果教科書内容は身近な自然と乖離してしまい、無味乾燥で面白みのないものになっている。ましてやそんな教科書で「座学」をやられるのでは、生徒もたまったものではないだろう。
 現在、深刻な「理科離れ」が叫ばれているが、本当にそうなのだろうか。たとえば「科学の祭典」が毎年行われているが、総じて入場者数は大変多く、好評であると聞く。博物館や自治体主催の「自然観察会」などの催しも各地で盛んである。テレビでも生活関連の科学番組は高視聴率をとっているものもある。このことを考えると、一般市民の「自然科学」に対する興味はそんなに失われておらず、要は企画する側の取り組み次第だと思われる。
 反面、学校教育現場での「理科」の評判はあまり芳しくない(ように思われる)。理科が好きだという生徒は少数であり、理科の知識の必要性を説くと「なんで全員理科を学ばなければならないのか、そんなの知らなくたって生きていけるし、科学者になる人だけが勉強すればいい」と言う声も聞かれる。そしてその割合は、中学・高校と進むにつれ増えてくる。これでは「理科授業」の中にこそ「理科離れ」を引き起こす要素が含まれていると考えてもおかしくはないだろう。
 そもそも、「理科」の魅力とは何か?「理科」は自然界の中に見られる現象・法則性などを、実験・実習を通して体験的に生徒に働きかけることができる教科である。もちろん理論も大事だが、そのためには、豊かな自然体験こそが基礎になければならない。現在の子どもの多くにとって、自然体験の機会はかなり失われている。それは例えば農業従事者が少なくなったことや、まわりを人工物に囲まれた生活をしていることなども原因であろうが、それを補うのは子どもや家庭の自主的な活動であり、学校教育であろう。その中で「理科」の果たすべき役割はきわめて大きいものと考えられる。
 ところが、現実には多くの授業は、教科書内容を「順番に、きちんと期限までに終わらせる」ことに私たち教員は腐心するあまり、準備に時間のかかると思われる実験・実習はおろそかになりがちである。ある学校においては、実験の頻度はせいぜい年に2・3回程度、ひどいと1回も実験をしないまま1年間終わるという話も聞く。理科の基本はやはり実験・観察であろうから、このような授業が横行することは科学的自然観の育成にとって非常に害悪である。この結果多くの生徒が理科を「つまらない・難しい」ものとしてとらえ、「理科は必要ない」という態度をとることだろう。そしてこのように思いこんだ人たちが意志決定の場で「理科不要論」を唱えれば、理科の立場はいよいよ危うくなり、結局自分たちの首を絞めてしまう結果になるだろう。
・「面白い、興味がもてる,学ぶ喜びが味わえる」授業を目指して
 かくいう私自身も実は最近まで「教科書をきちんと教えること」にとらわれていた。このような態度を改めるきっかけとなったのが、昨年度長沼高校から本校に異動してこられた片野伸雄さん(生物)の存在である。片野さんは前任校で、屋外での自然観察をメインにした授業を年間にわたって展開され、本校においてもそれを実践された。この内容は生物の教科書でいえば1番最後におかれることが多い生態分野であり、従って授業内容の多くは教科書内容と一致しないが、生徒たちが生き生きと授業に参加する姿を見て、これが本当の意味での理科授業の姿の一つだと強く思い抱くようになった。
 片野さんの授業の進め方は独自に作成したプリントをもとに、ほぼ毎回野外観察を行って直接の自然にふれるものである。まずは生徒が「体験」するところからスタートするわけである。そして個々の植物について「記載」を進めながら、だんだん高度な概念(例えば、被度など)を導入していく。教科書ではいきなり用語が出て、それを理解しろということになるが、片野さんの授業ではじっくりと時間をかけ、自然に身についてくるのである。評価については、毎回プリントを提出させ、その内容に応じて段階的に評価する。評価の仕方もユニークで、基本がAである。そして○A、◎A、花◎Aとグレードアップしていくのである。評価は主にスケッチや感想の内容・分量で決まってくるので生徒は一生懸命毎回感想を書く。4単位の授業であれば、毎 週4回自発的に文章を書く練習をするわけで、生徒も文章表現力が大変豊かになっていくという効果が現れる。そして何よりも、生徒はこの授業の中で生き生きとした顔になり、積極的になっていくのである。
 はじめのうちは外に行くというと、すこし驚く生徒もいるが、授業を進めていくうちに外に出るのが楽しみになっていき、笑顔で実習するようになる。生徒は片野さんの授業が一番楽しいと言う。自然にふれあうことで、興味・関心を持つようになり、その中で、自然・生態・環境と生活に対する視点が育っていくのだろう。自然体験は「面白く」、面白いところから興味関心が育っていくように思われる。片野さんとは、空き時間や放課後によく現在の理科教育の在り方について話し合った。また1999年度、片野さんとともに野外観察中心の生物の授業(情報会計科の生物TA)を担当できたことは、私にとって理科の視野を広げる大きなきっかけとなった。

2.化学IAにおける実験主体の授業実践

 さて、私の専門は地学であるが、2000年度は地学IBの他、化学IA・生物TBをそれぞれ1講座ずつ担当した。化学IA(2単位)においては、内容を可能な限り実験によって確認する姿勢を徹底し28回の実験を実施した。
 実験内容は以下の通りである。なおプリント内容については、下記URLで「化学実験シート集」と称して紹介しているのでご覧頂きたい。
 http://homepage1.nifty.com/kow1/chem/index.html

 実験プリントには毎回感想を書かせ、提出させた。そして次の実験までに記録および感想の内容と分量によって評価をして返却することを心がけた。
 生徒は毎回の実験操作を通して、バーナーの付け方など器具の扱い方が上達してきた。また、感想の内容も、当初の「面白かった」「楽しかった」というものから、実験の内容をきちんと把握したものに変化していった。

 課題は、実験をただの「遊び」とせず、化学の知識を深めるという役割を生徒にどう伝えるかである。そのためにも実験プリントにはできる限り「解説」を加え、後で見て資料的価値が高まるようにしている。

3.おわりに

 以上、このレポートをご覧になっていただいておわかりであろうが、この実践はただ実験・実習をひたすらやりましたということで、化学の授業として特別なことはしていない。実験・実習をやるというのは理科として当たり前のことであるし、これをやることで生徒に理科への興味・関心をもってもらい、知識や理解を深められることは理科教員にとって大きな喜びである。また私自身が実験の準備をすることが楽しく、この楽しさを生徒にも伝えたいというのが本音である。予備実験の段階でいろいろ失敗もあるし、その失敗から新しい知見が得られることもある。
 実験・実習を進めていく上で大変重要なのは、当然ながら実習助手との連携である。事前に実験計画をあらかじめ話し合っておき、必要な薬品・器具等を準備していただいたり、生徒の動きについて教壇から見ただけではわからないことを実験後に教えていただいたりした。実習助手の協力があってこそ、これだけ実験・実習の回数をこなすことができた。
 実験・実習に対する生徒の反応は、概して良好である。「実験でやったことなので、テストでもできるようにしたい」という感想を書いてくれた生徒もおり、この点だけ見ても、実験をつづけてきて良かったと思う。忙しい中でも時間的余裕を確保し、今後も実験・実習の機会を増やしていきたいと考える。

参考図書

  1. 盛口襄・高田博志 『いきいき化学アイデア実験』 新生出版
  2. 左巻健男編 『楽しくわかる化学実験事典』 東京書籍
  3. 日本化学会編 『実験で学ぶ化学の世界(1)〜(4)』 丸善
  4. 杉山剛英 『どきどき化学なるほど実験』 裳華房
    http://www4.justnet.ne.jp/~barkhorn/homehon.htm
  5. 桜井弘 『元素111の新知識』 講談社ブルーバックス
  6. 森 一夫,科学,2000年,Vol. 70, No. 10(10月号), p. 856.
    http://www.iwanami.co.jp/kagaku/KaMo200010.html


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