「化学教育ジャーナル(CEJ)」第6巻第1号(通巻9号)発行 2002年 7月 31日/採録番号 6-1/2002年 5月 20日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html


巻頭言 

おもしろ実験は必要か

三井 澄雄(立正大学・理科教育論)
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1.科学史学校の経験から

 今年の 1 月,上野の科学博物館で開かれた日本科学史学会の科学史学校で,「実験の研究と学習の順序」という講演を行った。その講演は,私たちが行ってきた「鉄と硫黄の化合実験の研究の歴史」とその中で明らかになった「化合の学習順序」に関するものであった。
 「鉄と硫黄の化合実験」は,昔から有名な実験であったし,学習指導要領の解説書である文部省著作の『中学校理科指導書』 1959 年版の実験観察例の中に,「イオウと鉄粉の混合物を熱したものに,もとの性質がなくなることを調べる」と入ったこともあって,その学習指導要領に基づく教科書が出版されるようになった 1962 年度以降,ほとんどの中学校理科教科書に採用されたので,教育現場では,広く知られるようになった実験である。
 ところが,その講演会に参加された,若い教員の方々の中には,この実験のことを知らない人が,意外に多かったのである。私が教えている大学生の話でも,「鉄と硫黄の化合実験」を中学校の授業の中で実際に行った経験があるのは,2割足らずのようである。
 教科書に入っていた中学校でもこの有様だから,高校化学教科書には,「鉄と硫黄の化合実験」は昔は知らず,最近は載っていないのだから,高校の化学教員でもこの実験は知らないようである。知らないでよいではないかと言うこと勿れ,知っていれば,硫化水素を発生するのに使う硫化鉄を,相変わらず硫化鉄鉱を砕いて使わずに,「鉄と硫黄の化合実験」で作った硫化鉄を使う知恵が出るというものである。

2.実験の研究は何のためにするのか

 実験は,理科の授業の中で,何のために行うのだろうか。実験は,自然科学の事実・概念・法則をとらえさせるために行うのではないだろうか。だとすれば,実験の研究としては,自然科学の事実・概念・法則をとらえるために必要な実験の研究が,必要なのではないだろうか。実験は,落語の枕にする小話の類ではないのである。
 少し前のことだが,ある県の高校の化学教員Aさんから,「この頃の実験書は『カルメ焼きの作り方』みたいな実験ばかりの実験書で,基礎的な実験書がないのですが,何かいい本はないですか」というようなお尋ねの手紙を戴いたことがある。浦和の市立図書館の蔵書を「理科実験」で検索してみると,『安全簡単にできる理科実験』『絵を見てできる理科実験』『おもしろ理科実験集』『クイズでわかる理科実験』『リサイクルでふしぎびっくり実験』『尊敬されるお父さんのための理科実験』などと出てくる。書名だけで云々するのはどうかとも思うが,基礎的な実験書として役立ちそうなのは,『原色図解理科実験大辞典』と『やさしくて本質的な理科実験』くらいのように思えた。確かにAさんの嘆きはもっともなことのようである。

3.「定番!化学実験」に期待するもの

 「定番!化学実験」は,日本化学会発行の『化学と教育』誌に,昨年の 3 月号から連載が始まった欄の名前である。この欄のねらいは〈普段の授業で行われる「定番」の化学実験を,簡単,安全,確実,効果的なものにしていくための工夫を,実践例をもとに紹介していきます〉とある。実際に掲載されたものを見ると,第 1 回の山本進一さん(都立戸山高校)の「初めての授業で行うチョークを使った演示実験」は,同欄の見本原稿のようにすぐれているものだが,その他のものも,中々すぐれているものが多い。上で述べたように,実験書が,「定番」でない,何か特別な実験でなければいけない風潮の中,『化学と教育』誌の中で健闘している,この欄の関係者の方々に,拍手を送りたい。希望を言うことを許してもらえれば,たとえば,2002 年 2 月号「芳香族化合物の性質」で,「なお,ナトリウムフェノキシドからのフェノールの遊離は,HCl ではなく CO2 を吹き込んでもよく,これも重要な反応である。筆者らは,これを生徒実験には含めず,事後に一連の実験結果から生徒に考察させ,演示実験で確認する展開としている」とあり,それはそれでよいのだが,そのときに,CO2 を吹き込んで百発百中フェノールを析出させる実験の「成功のコツ」などを載せておくことが必要だったのではないだろうか。意外にうまくいかないといってやらない人が多いようなのである。量的な問題だと思うのだが。

4. おもしろ実験は必要ない

 学校実験におもしろ実験が必要だろうか。私は,学校の普段の実験には,教科書に載っているような「定番実験」でよいのだと考えている。そして,実験することが面白い,知らないことを知ることは面白い,そういう授業を作ることが必要だろうと考えている。
 私は,現在,「理科教育論」を担当しているのだが,「理科教育論」の単位をとって,理科の先生になろうという学生は,小・中・高のいずれかで,熱心な理科の先生に指導された経験のあるものが多いようである。そして,その先生のような理科の先生になりたいという気持を持ったものが多いようである。
 現在,小・中・高の学校現場を考えるとき,特に物質の各論的な実験ができるのは,高校に限られるようである。したがって,特に高校化学の先生にお願いしたい。おもしろ実験にうつつを抜かすのではなく,「定番実験」に精を出してもらいたいものである。
 将来の日本の化学教育を考えるとき,高校化学で物質に親しむ実験を豊富に行った学生が,理科の教師にならなくては,ますます日本の化学教育は,衰退する一途をたどるしかないだろう。

(2002年5月11日記)


Is It Reasonable Only to Make Fun of Experiments for Learning Chemistry?

Sumio MITSUI, Rissho University


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