「化学教育ジャーナル(CEJ)」第6巻第1号(通巻10号)発行 2002年 7月 31日/採録番号 6-5/2002年 6月 28日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html
課題研究教材
−土壌細菌によるデンプンの分解における糖の検出実験
島 弘則 宮崎 三保子 池田 誠
富山県立福岡高校 富山県立福野高校 高岡市立西部中学校
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【要約】総合理科の授業で、課題研究を行った。その教材実験として、環境教育を意識して食物中の炭水化物やタンパク質のゴミがどのように浄化されていくかについて調べる実験を開発し、実施した。本報告では、土壌細菌により、デンプンが分解されて糖がいくつか生成し、さらにこの糖も順に分解されることを示す生徒実験を新たに開発し、実施した詳細について報告する。
【キーワード】総合理科 課題研究 環境教育 ゴミ デンプン 糖 分解 土
1 はじめに
筆者の以前の勤務校の砺波女子高校では、生活福祉科の生徒を対象とした総合理科の授業で、課題研究とその発表会を行っている。生徒は、既製の教科書を中心とした化学の授業にはあまり興味を示さないが、手作りの実験を中心とした総合理科の授業では生き生きと活動しており、研究発表にも他の授業では見られないほど熱心に取り組んでいる。かねてより、身の回りにある素材を活用した手作りの実験は、生徒たちに深い驚きと感動を与え、高い教育効果を上げると指摘されている[1]が、その通りの結果である。しかし、手作りの実験教材の開発は、かなりの時間とエネルギーと費用が必要であり、大きな苦労があるが、関係各位の協力を得て、われわれは、精力的に取り組んできた。
また、数年前より、全校をあげて環境教育に力を注いでおり、成果は毎年外部に発表している。H9年度は水(河川)の浄化を中心に研究が行われ、北陸地区高等学校家庭クラブ研究発表大会で発表した。この研究の過程で、食物中の炭水化物やタンパク質のゴミがどのように浄化されていくかについて調べた結果、土壌細菌が大きな役割を担っているといわれている事が分かったので、このことを確かめるために、土壌細菌によるデンプンとゼラチンの分解に関する実験を開発し、課題研究として行った。課題研究としての実施については、先に報告した[2]。今回はデンプンの分解と糖の生成に関する実験の方法に関する詳細を報告する。
2 デンプンの分解実験
テーマ 土中の分解者のはたらき(デンプンの分解による糖類の検出)
目的 土の中には、細菌類や菌類など多数の分解者がいる。これらの働きにより、デンプンが分解され糖類ができることを、ヨウ素デンプン反応、ベネジクト反応、薄層クロマトグラフィー(TLC)分析で調べる。
方法
<デンプンと土との反応>
- グランドの砂、畑の土、腐葉土、水田の土等を各班で選び採取する。石や、ゴミをのぞき、20gを量り取る。水田の土は、夏と晩秋では、水田の管理上水分の含有量が違うが、この違いは無視する。すなわち、夏は水分の含有量はかなり多くて、水分がにじみ出るが、これは捨ててそのまま量り取る。
- 10%デンプン溶液 200ml を 300ml三角フラスコに加熱(デンプンを良く溶かすとともに、殺菌をする。)して作る。40℃位になったら、土 40g をいれ、よくかき混ぜる。
- アワの量、におい、粘性などを放置中に観察する。
- 室温で放置し(あれば、定温器中 40℃で反応させる。)、毎日約4mlずつ取り、ろ過後煮沸して反応を止める。これを分解生成物とする。保存は冷蔵する。
<分解生成物を特性反応で調べる>
- ブドウ糖、麦芽糖、デンプンの各10%水溶液1mlに、ヨウ素-ヨウ化カリウム溶液を数滴加えて、変化を調べる。(ヨウ素反応)
- ブドウ糖、麦芽糖、デンプンの各10%水溶液0.5mlに、ベネジクト液を5mlずつ加え、湯浴上で加熱する。(ベネジクト反応)
- (1)ヨウ素反応、(2)ベネジクト反応を、分解生成物についても同様に行う。
<分解生成物をTLCで調べる>
−スポット−
- TLCプレート(和光純薬製 Silicagel 70F254 Plate を高さ約7cmに切ったもの、幅は試料の数により適宜適当な大きさとした。なお、耐熱性・耐薬品性を考えて、ガラス製プレートを使用した。)の端から1cm のところに、鉛筆で線を引く。
- 原点に分解生成物、ブドウ糖、麦芽糖、デンプンの各水溶液をキャピラリーでつける。
−展 開−
- あらかじめ、展開剤を入れてある展開槽に、TLCを静かに入れる。
- TLCの上部まで展開したら、TLCを静かに引き上げ、展開剤のしみこんだ上端に鉛筆で印をつけてから、展開剤をドライヤーで加熱し、気化させて除く。
−発 色−
- ガラス容器に飽和硝酸銀水溶液 0.1mlとアセトン 20mlを入れ、さらに沈殿が消えるまで水を加える。この中にTLCをくぐらせ、乾燥させる。
- 別の容器(ポリビン)に40%NaOH水溶液1mlとエタノール19mlを入れる。この中に(5)のTLCをくぐらせ、発色させる。
3 結果
- 土の種類により、デンプンと土の混合液が早い場合1〜2週間くらいでヨウ素デンプン反応を示さなくなる場合があった。多くの場合、数日でベネジクト反応を示すようになった。水田の土や腐葉土では反応が早く、グランドの土では、3週間経ってもヨウ素デンプン反応を示した。畑の土と腐葉土では、2から7日くらいの初期の段階でも、TLC分析を用いると、腐葉土での場合が若干早く変化し、反応の早さの違いを比較することができた。
- 水田の土では、盛夏と晩秋では、ヨウ素デンプン反応の消える日数が、夏の方が数日早いことが分かった。
- TLC分析では、最初に、2糖類(麦芽糖?)のスポットが生成し、つぎに単糖類(ブドウ糖?)のスポットが生成すると考えられる。日数の経過に従い、逆の順でスポットが、消滅した。すなわち反応の早い水田の土を用いた場合では、2日目から、麦芽糖と推測されるスポットが生成し、6日目には、ブドウ糖と推測されるスポットがはっきりと出現する。9日を過ぎると先に麦芽糖と推測されるスポットが薄くなり、次にブドウ糖と推測されるスポットが薄くなった。
(図1.薄層クロマトグラフィー(TLC)で展開したところ,36 KB)
4 考察
- デンプンが細菌により分解されて、ヨウ素反応を示さなくなるとともに二酸化炭素を生成する教材実験は報告されているが[3]、本研究では糖が生成することを示す実験を新たに開発した。
- 10%デンプンでは、糖の生成が見られるが、1%では検出されなかった。
- 分解生成物の煮沸をしない場合は、冷蔵しても、デンプンの分解が進むので、必ず煮沸する必要があることが分かった。
- 分解生成物の入った試験管は冷凍庫では、水の膨張のために破裂するので、煮沸しない場合は、ポリ容器(醤油の容器が安くて便利)に入れて冷凍庫で保存した。
- ベネジクト反応の代わりに、フェーリング反応でも日数の経過に伴う還元糖の増減が生成する酸化銅(I)の量によって観察できるが、ベネジクト反応のほうがより分かりやすく、液の色でだいたいの濃度が推測できる。
- 土壌細菌との反応は、空気を送り込めば違う結果がでるかもしれないが、臭気のことを考慮し、アルミホイルで蓋をして実施した。
- 糖の分析法として、TLC分析を用いた。報告では[4]、展開液は(1-ブタノール:エタノール:水=2:1:1)が良いとなっているが、検討の結果一次展開では、(酢酸エチル:酢酸:メチルアルコール:水=12:3:3:2)が、分離が良く、展開時間が短い(5cmで8分)ので良いことが分かった。この展開液は、日数をおいても性質の変化が少ないと考えられる。
- TLCの発色法として、方法で述べたやり方が、加熱の必要もなく、簡単であるため、還元糖の発色法としては、適切と考えられる。非還元糖も含めて調べたいときは、アニスアルデヒド試薬を用いた。これを用いると、糖の種類により発色が違うので興味深い。さらに、高価ではあるが、20%硫酸ナフトレゾルシン・エタノール液(1:1)を用いるとより発色が明瞭かつ鮮やかで、生徒の関心が引かれることが分かった。
- 採取した土の種類によっては、グランドの砂のように、ヨウ素デンプン反応を示さなくなるまで、1ヶ月程度かかる場合がある。また、腐葉土は比較的反応が早いが、校庭では地面の表面にしかなく採取が難しい。簡単に、大量に採取できる水田の土が反応が早いので、材料として水田の土を使うのがよいと考えられる。
5 終わりに
本報告では、土壌細菌により、デンプンが分解されて糖がいくつか生成し、さらにこの糖も順に分解されることをベネジクト反応とTLC分析で示す生徒実験を新たに開発し、実施した詳細について明らかにした。さらに、土壌細菌によるタンパク質の分解とアミノ酸及びアンモニアの生成についても実施している(次報で報告する)。二つとも、環境における物質の分解と循環を示す教材として、興味あるものと考えられる。
なお、上記の生徒実験は、高等学校ユニーク活動事業により実施された。ここに記して、関係各位に感謝いたします。 又、本報告は、日本化学協会の研究紀要 第32巻72ページ(2000年度)を一部修正したものである。
資料
ベネジクト試験 還元糖の検出、定量法の一つ。特に尿中の糖の検出によく用いられる。硫酸銅(17.3g/l)、クエン酸ナトリウム(173g/l)またはカリウム、無水炭酸ナトリウム(100g/l)を含む試薬を用いる。原理はフェーリング液と同様に銅(II)イオンの糖による還元を利用するものであるが、これより感度よく、また尿酸、クレアチンなどによって還元されない特徴を持つ。 実施法は試薬 5ml に披検液(尿)0.25〜0.5ml を加えて2分間煮沸する。還元糖が存在するときは、その量に応じて陰性の時は青色、2%存在の時は橙黄色(トウオウショク)になり、その間は緑から橙黄色までの種々の段階の色を生ずる。 判定にはあらかじめ糖の基準液(1/4, 1/2, 3/4, 1, 2%)で呈色させておいたものと比較する。または、しばらく放置後生じた沈殿の程度によって次のように判定する。
陰性(−):無変化又は少量の青白色ないし白色の混濁(尿酸塩またはリン酸塩による)
弱陽性(+):緑色の混濁を呈し、管底に少量の黄色沈殿(糖0.1〜0.25%程度)
中等陽性(++):やや多量の黄色ないしオレンジ色の沈殿(0.5〜1.0%)
強陽性(+++):管底にオレンジないし赤色の沈殿を生じ、上澄み液は澄明(1.5%以上)
アニスアルデヒド試薬 アニスアルデヒド0.5mlを氷酢酸50mlに溶かし、さらに濃硫酸1mlを加えたものである。これは長く保存できないので使用時に調製する。アニスアルデヒド試薬をTLCに噴霧し、まだ濡れているうちに乾燥機内に入れ、80℃で加熱乾燥する。加熱10〜20分で、桃色地に糖の黒いスポットがあらわれる。
硝酸銀(アルカリ溶液)では還元糖は発色するが、非還元糖は発色しにくいので、糖の発色剤としてアニスアルデヒド試薬が適当である。(このことを応用して、還元糖であるかどうかが示せる。)
参考文献
[1] 小出力,化学と教育,43,213 (1995).
[2] 島弘則,宮崎三保子,日本理科教育学会北陸支部大会要旨集,1998年10月
[3] 藤谷健,板東英知,化学と教育,44,554 (1996).
[4] 伊藤広美、身近な素材を生かした化学教材の研究、全国理科教育センター研究協議会編(1990)
島 弘則
sima-hironori@tym.ed.jp
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