「化学教育ジャーナル(CEJ)」第2巻第1号/採録番号2-4/1998年6月30日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html
インターネット上で開催する講習会による
社会人技術者教育法の特徴と課題
加藤 覚[*], 吉塚和治[**], 立花 宏[*], 矢野昌之[**]
* 東京都立大学工学部工業化学科
** 佐賀大学理工学部機能物質化学科
緒言
最近、技術者教育のための講習会がインターネット上で実施されるようになってきた。平成9年5月1日から7月31日の3ケ月にわたって講習会「インターネットで学ぶ最先端の抽出技術−分子間相互作用をどう利用するか」が日本化学会などの協賛により開催された。この講習会では講習内容がインターネットによってWWW(World Wide Web)テキストとして提示され、電子メールのグループ利用(メーリングリスト)によるグループ討論を行なう新しい講習方式が採用された。講習会の概要は既に報告されているが[文献1]、効率的な講習会テキストの作成法やアクセスデータの解析結果は未だ明らかにされていない。
本報告は、既に実施された上記の講習会の作業経過およびアクセスデータを解析することによって、インターネット利用講習会による社会人技術者教育法の特長と課題について報告する。
1.講習会の概要
講習会用テキストは佐賀大学工業化学科サーバーにWWWホームページの形式で作成され、これを都立大学工業化学科サーバーにコピーして講習会参加者に提供された。テキストの内容は抽出技術に関する9分野、54テーマからなっている。討論のためのメーリングリストは佐賀大学サーバーに設定されていて、参加者(合計97名)および講師(合計58名)が注視する中で、講習テーマへの質問と回答、抽出に関する一般的な意見の交換が行われた。講習会のテキストは討論概要も含めて印刷物[文献2,目次を掲げる]として出版されている。
講習会への参加申込みは以下のように扱われた。参加申し込みが化学工学会関東支部(共催団体)事務局に届くと事務局から申し込み用紙が参加者に送付されて、参加者は必要事項と参加者の電子メールアドレスを事務局へ通知する。事務局では参加費(通常の一日講習会相当額)の支払いを確認した後にWWWテキストの所在アドレスと閲覧のためのパスワード、および討論用メーリングリストのアドレスを参加者に郵送で通知する。
2.講習会テキスト
2.1 作成結果
著者(講習会の講師)自身によってWWW上のホームページとして作成させれたテキストは20件であった。総分量(A4で4-5ページ程度)のみが入力に対する制限事項として課せられた。他の34テーマについてはカメラレディ原稿(A4で4-5ページ程度)と文章部分のワープロ原稿をフロッピーディスクに入力して著者から提出してもらい、佐賀大学においてWebページとして一括入力した。
2.2 入力方法
Webページの作成は学生アルバイトとの共同作業で行った。WindowsとMacの両方に対応させるために
Netscape 3.0goldとテキストエディターを使った。講師から送られてきたカメラレディ原稿にテキストファイルが添付されてない場合には原稿をスキャナー (
Apple ColorOne Scanner600/27)入力後、OCRソフト(e.Typist/LE 1.0)で文字に変換した。作業手順は、まず全てに共通なHTMLのひな形を作成し、これにテキストファイルを適当な長さにわけて張り付けた。そして上付き、下付きや太字などの文字の整形をおこない、その後に図表を張り付けた。図表は、ワープロソフト(MS Wordなど)に張り付けられたものについては
Wordを用いて整形してHTML出力し、その後にWebページに張り付けた。また、Webページ上で見づらいものについては書き換え等の作業を行った。その他(数式等を含む)についてはスキャナーで読み取った図表に修正を施した後に編集(Photoshop 3.0J)、張り付けした。
2.3 入力したデータ量と作業量
著者から送られてきた原稿34テーマの平均データ量はA4で4枚程度であったので、総量で140ページ程度の入力量であった。入力作業は大きく2回に分けて行なわれ、初めの2週間の作業時間は4時間/日、後半2週間が8時間/日位かったので、延べ170時間程度を要した。作業は2名の学生アルバイトによって行なわれ、一人は、主としてテキストや図などの入力を、もう一人はホームページの作成(リンクや表示の高速化など)と、E-mailリスト等の作成管理を担当した。
2.4 有効なWebページテキスト作成のための課題
原稿作成時の課題: 化学式、数式等のHTML整形を簡便かつ正確に行なうために、HTML出力機能をもつワープロソフトのファイル形式を、MS WordなどWORD形式に限定して原稿を作成するのが良い。また、サイト構築作業に当たるグループのコンピュータ環境によっては、さらに一太郎やPageMakerなどのファイル形式についても対応できればなおよい。このとき、使う文字が原稿内に指定されていると一層効率的である。さらに、原稿作成時にリンク先を指定しておくのがよい。図表については、画像ファイルフォーマットの作成作業が最も効率的に進められるFlashPix形式に限定しておくと、多様な解像度による最適化が容易になる。
Webページ作成時の課題: 図のサイズはクライアント側のブラウジング環境(640*480など)に依存するので、横幅が500ピクセル以下でファイル容量が50Kb程度と小さいならばインライン表示、それ以上なら小さな図を張り付けて大きな画像にリンクさせる方法がよい。
テキスト体裁の改善: 今回の講習会のページは印刷物との互換を前提として設計されたが、WWWの特長を生かしてインタラクティブなデータ(ムービー、Shockwave、マウスで動かせる3D分子表示など)を掲載したり、他の関連ページにリンクさせるなどの工夫が必要でる。
印刷の質の改善:テキストの印刷の質を良くするためにPDFフォーマット(Adobe Acrobat形式)によってダウンロードできるようにするなどの工夫も必要である。また、CGI機能を使ったキーワード検索システムや書き込み可能な掲示板システムの組み込みなども望まれる。
テキスト作成作業の改善: 作成作業の効率化のために、ページの基本デザインを決めたあとは複数で作業を進めるのがよい。例えば、講習会の詳細の決定に際しては幹事グループのみならず実際的な作成作業グループを交えて検討を進めるのがよい。
2.5 具体的作業手順の提案
上述の改善に基づく作業手順を以下にまとめる。(1)サイトの基本デザインを決定:サイト構造とWebページの体裁を決定する。同時にブラウジング環境の想定を行う(UNIX、Windows、Mac、使用ブラウザ等の問題を考慮)。(2)原稿作成を依頼(E-mail等で直接送付)。(3)原稿のHTML変換作業:単一のサーバーに作業ファイルを格納し、分担作業する。(4)サイトの試験運用。(5)サイトの本運用。(6)本運用開始後のデータ更新作業は一つのサーバーに対して行ない、その後に複写する。更新が頻繁ならEメールで更新情報等を定期的に通知する。
3. アクセス状況
3.1 アクセス数
佐賀大、都立大サーバーおよび全体のアクセス状況を表1に示す。全体で73000件にも及ぶアクセス回数があった。その内、IDとパスワードが認証された有効アクセスは全体で73%であり、52700件程度であった。佐賀大学が化学工学会のホームページにリンクされていたので、佐賀大学にパスワード無しでアクセスした例が多かったものと予想される。これらの有効アクセス数はテキストのページと図表に対するアクセスの総計である。図表を含めた総ページ数が1000ページ程度であったので、ページ当り50回程度のアクセスがあったことになる。なお、IDとパスワードが認証された回数は1347回であったので、平均すると1回のアクセスで40ページほどを閲覧したことになる。以下の解析は有効アクセスについてのみ行った。
3.2 アクセス数の時間分布
図1に週別のアクセス数の総数を示す。講習会開催期間は5−7月であったが、8月以降についても若干示した。5月期のアクセスが少ないないのは登録手続きが遅くなり、講習会は実質的に6月から開始されたことによる。各月の第一週のアクセス数が若干多くなっている。図2に佐賀大サーバーに対する一日当たりのアクセス開始時間の分布を示す。都立大サーバーについてもほぼ同じ分布であった。通常の勤務時間帯における利用が70%を占めている。21時以降、9時までの深夜利用は14%程度と多くはない。
3.3 発信元の分布
表1にドメイン名から見たアクセス数の分布を示す。大学からの講習会参加者は全体の10%程度であったが、講師のほとんどが大学教員であったために学術機関(ac.jp)からのアクセス割合が多くなった。発信元の地域的な分布をアクセスデータから解析するのは容易ではないので、接続プロバイダーの偏りによって判断することを試みた。結果を表1に示す。プロバイダーによって佐賀大学と都立大学へのアクセスの偏りの著しい例が見られることから、サーバーを地域的に適正に配置することが重要である。なお、goo.ne.jpなどの検索ロボットと思われるアクセスが合計で305回認められた。
頻繁にアクセスした企業のアクセス回数を多い順に並べると、4142, 2067, 1171回などであり、同一組織から多数回アクセスしている例が見られた。一つの企業からの参加者は多くても4名であったので、IDとパスワードの共通化が一部で行なわれていたものと予想される。
3.4 不正アクセス
2つのサーバーに対して合計4回の不正アクセスがあり、ID一覧を取得しようという試みが確認された。また、データ破壊の被害を受けた。
3.5 サーバーの設定に対する提案
(1)インターネットのデータ転送速度は、現状では、学術機関(ac.jp)と商用ネット(co.jp)間などでのアクセスは極めて遅いので、大学のみならず企業等に協力を求めてミラーサーバーを増やす必要がある。その時、地域的配置を考慮する必要がある。(2)不正アクセスを想定して、講習会専用のサーバーを設定するのが望ましい。
4.ネットワークを利用した討論
4.1 メーリングリストの簡単な仕様
メーリングリストは、講習会幹事用、著者用及び討論用の3種類が用意され、それぞれ、UNIXのsendmail機能を利用して、送られて来たメールが登録されている全員に自動的に送付されるようにした。この時、アドレスの入力間違いやサーバー停止により不着メールがかなり生じたので、その都度確認してアドレス修正を行った。また、全ての討論内容が全員に送付されるので通常の業務に支障をきたす場合を懸念して、このリストへの登録の希望を尋ね、了承された場合にのみ登録を行った。また、非登録者からのメールは、排除するように工夫した。
4.2 討論の状況
発せられた質問の総数は17件あり、その全てに回答があった(討論の概要は文献2にまとめられている)。回答と意見も合わせた討論総件数は36件であった。質問の分量は文字数にして平均160字程度であったが、回答の平均文字数は800文字程度であり、多くの場合には説明が尽くされていた。そのために追加の質問が発せられた例は2件のみであった。講習会参加者からの討論への参加は4名のみであり、他は講師間の質問と討論であった。
4.3 公開討論に対する提案
発せられた質問と意見の数は当初の予想よりずっと少なかったが、講習会の終了後に寄せられた参加者からの感想によると「集会型の講習会や研究発表における討論と違って十分な準備のもとに回答されているので討論経過は大変参考になった」とあった。また、「学術的な雰囲気が強く、気軽に質問しずらかった」ともあった。質問をしやすくするための工夫、例えば、簡単な質問を意識的に発することなどが必要である。
結言
社会人技術者のためのインターネット利用講習会を実施して、インターネット上に講習会テキストを作成する際の課題について検討した。また、アクセスログの解析を行った結果、52000件を越える有効なアクセス数が確認され、このような教育法に対する関心の高さが明らかになった。サーバー設定における課題とメーリングリストによる公開討論を行う際の課題をまとめた。
参考文献
1)加藤 覚、分離技術、27,339(1997).
2)化学工学会関東支部、分離技術会共編、抽出技術集覧、化学工業社(1997).
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