教育研究用化学薬品データベースからの毒物・劇物抽出用フィルタの作成

山田 洋一

宇都宮大学教育学部

                           
  1. はじめに

     1998年は食品への毒物混入事件が多発した年であった。同年7月25日,和歌山市郊外の住宅地で行われた自治会の夏祭りで,カレーライスを食べた参加者が激しい吐き気や腹痛などの症状を訴え,病院に運び込まれた。さらに8月10日には,新潟市の木材加工会社の支店で社員10人が中毒になる事件が発生し,支店内にあったポットやお茶からアジ化ナトリウムが検出された。その後も,飲食物に各種の毒物が入れられる事件が全国で相次いだ。また一方では,インター・ネットで自殺に関する情報を提供し,希望者にシアン化カリウムなどの毒物を宅配便で届けるという事件も発生した。宅配便で実際に毒物とみられる薬物を届けられた件数は8件を数えた。
     これらの事件の中でとりわけ,大学等の教育機関スタッフに関心の深かったものがある。いくつかの国立大学・研究機関で,コーヒーやお茶を飲むために使用するポットなどにカドミウムやアジ化ナトリウムが混入された事件がそれであり,大学等における薬品管理のあり方を問い直すきっかけとなったものと思われる。農薬や産業用の薬品と並んで,教育用,及び試験・研究用の薬品に対しても管理体制の強化が望まれたのである。
     国立大学等の薬品管理に対する監視体制については,総務庁行政監察局によって数年ごとに行われる地方監察の中で,「毒物・劇物の管理状況」が従来から重要な調査項目の一つとなっていた。しかしながら,これまでアジ化ナトリウムは毒物及び劇物取締法,及び関係政令で未指定となっていた。つまりアジ化ナトリウムはエタノールなどの一般薬品と同程度の管理体制をとれば十分であった。このような状況下で上記のアジ化ナトリウム混入事件は起こっている。
     また同法の規定によると,毒物の中でも特に危険度の高い「特定毒物」を取り扱う場合を除いて,大学等で教育・研究目的に毒物・劇物を使用する場合にあっても,公的資格である毒物劇物取扱責任者を置く義務は今のところない。これはあくまでも毒物・劇物の使用者自身が,責任を持ってその管理をしなさいということであろう。
     ところで,毒物及び劇物取締法の条文自体がどちらかというと,農薬や産業用の薬品を主な管理対象として書かれている。このことが同法を基礎として大学等の薬品管理を行おうとする場合,困難さの要因となる。本報ではこの問題点を具体的に指摘し,本研究室における対応例を示した。

  2. データベースの必要性

     化学系の研究室としてはそれぞれの実験ごとに使用する試薬類を分類し,溶媒や触媒なども使用目的に応じて分類してある方が遙かに効率的な作業ができる。しかしながら毒物等の管理面からは,アセトニトリルやメタノール(いずれも劇物指定)のビンを実験台や開架の棚に常備することは許容されない。そこで次善の策として,必要な試薬類の所在を容易に検索できれるシステムを作れば,多少試薬類をかき集める手間はかかるものの,ほぼ満足できる作業環境が整備されたことになろう。
     この目的のためには品目名で検索できるデータベースを構築することが適している。品目名以外に必要不可欠な情報は数量と所在である。ただし,試薬の等級や取り扱い注意事項など,使用目的に応じて必須項目は増えるかも知れない。
     現在,Microsoft Windows 及び Mac OS(Apple 社の Macintosh 用オペレーティング・システム)の両方のプラットフォームで動くデータベースを構築するには,Microsoft Excel というソフトウェアを使用するのが一般的となりつつあり,おそらく最も安価な方法であろう。他には同じメーカーのパッケージにある Access というソフトウェア, Macintosh 使用者にはなじみ深いクラリス・ワークスのデータベース機能(リスト形式),あるいは化学系に特化したものとしては Cambridge Soft 社のCS ChemFinder (CS Table Editor) なるソフトウェアを使う手もある。やや高価であるが,CS ChemOffice というパッケージを使うことにより,データベースの項目の中に化学構造式や必要とあらば,3次元分子モデルを表示させることができる。もちろん,それにはそれなりの手間は要するが。
     なお,以下の,「3.化学薬品管理用データベースの作成例」には,ソフトウェアに依存する部分はほとんどない。また,これらのソフトウェアではいずれもデータの互換性には配慮されており,Excel 形式でデータのやりとりができる。

  3. 化学薬品管理用データベースの作成例

     毒物等の保管庫,消防法で規定される可燃性危険物の貯蔵庫,一般の薬品庫など各種各様の保管場所に分散する多数の試薬類を統合的に管理して,検索し,その所在,在庫量を一元的に把握できるようにすることが化学薬品管理用データベースに求められる仕様である。したがって,まず始めに当研究室で管理するすべての薬品保管庫等の,すべての棚ごとに固有の記号・番号を付けることから作業を始めた。当然ながらそれらの記号・番号と,個々の薬品庫等の各棚との間には一意的な対応がとれていなければならない。しかし特に一般試薬であれば,一カ所にまとめられていることは必須なことではない。とにかくすべての試薬類の所在が明らかにされていればそれでよい。
     実際の作業は教育的な配慮もあって,研究室のメンバー全員で分担して行った。まず教官が毒物等,可燃性危険物,一般試薬等の種別に応じて適切なところに試薬類を収納し直し,それぞれの棚ごとに収容薬品の品名と量のリストを作っていった。その一方で,保管庫Aの棚にははじから順にA−1,A−2...というように固有の記号・番号を振っていった。後は全員ですべての棚について,その棚に収容された試薬類の名称,及びその現有量をメモしていくとともに,上述のデータベース作成・管理用ソフトウェアから,試薬棚ごとにメモしたデータを入力する作業を行った。この作業が一番の山であり,全作業時間の8〜9割の時間を費やしたと思う。なお,前述の CS ChemFinder 中の CS TableEditor で作成したデータベースは独特な形式で記録媒体に保存されるが,Excel 形式に変換して書き出す機能を使い,データ・ファイルの変換を行った。互換性には問題はなかった。ここまでの作業で,試薬名あるいは保管場所記号・番号の順に並び替えを実行したり,試薬名で検索し,その在庫量,所在を容易に把握することが可能になった(図1)。
     薬品に関する項目が多かったり薬品数が多く,またいろいろな集計が必要な方はリレーショナルデータベース化して,在庫管理部分と物性部分に分けたものの方が扱いやすいと思われる。しかしながら,ここでは図1のように Excel Book 形式の複数の表計算シートを使い,実験室毎に分割した規模のあまり大きくないデータベースを作成し,各実験室の使用者ができるだけ易しい操作で扱えることを目指した。薬品の在庫管理はできる限りこまめなデータ更新が望まれており,使用者,即ち実験者にフレンドリーなことが必要とされているからである。なお,本稿校正時点で既に Microsoft Access 2000(Windows 版)というデータベース・ソフトウェアが登場しているが,時間の関係で未検討である。

    図1.教育研究用化学薬品管理データベースの例 (Win)

  4. 毒物等の抽出用フィルタ・ファイルの作成

     さて次はデータベースに登録されたすべての試薬類の中から,見落としをしないように毒物等を抽出する過程である。この作業には Excelを用いた。この場合,通常の試薬名による検索とは異なり,毒物等を抽出するための検索条件も法令で定められた3つの別表である。
     そこで昭和39年改正の毒物及び劇物取締法の別表第一(毒物),別表第二(劇物),及び別表第三(特定毒物),及びそれぞれの関係政令について,品目名と,対応する法令の記号・番号のリストを作成した。これを毒物等の抽出用のフィルタ・ファイルと呼ぶ。このファイル作成で最も注意を払った点は,品目名である。
     毒物及び劇物指定令は昭和40年1月に公布された後,同年7月から平成10年12月の合計48の毒物及び劇物指定令を改正する政令でそれらの品目を増やし続けてきた。その間,実に35年である。このように長きにわたって使われている間に,名称が極めて不統一になった。例えば,昭和39年改正の法や初期の頃の政令には化学名とはほど遠い,一般名称や製品名のような名称が少なくない。これはおそらく旧法令以来の,農薬や産業用の薬品が数の上では圧倒的に多いことと関係していよう。一例を挙げると,「しきみの実(政令第二条第三十九号)」,「クラーレ(法,別表第一第五号)」,「ロテノン(法,別表第二第九十三号)」などがある。これらは化学系の研究室の薬品管理には役立たないと思われたので,政令で追加指定されているものについては抽出用フィルタ・ファイルから割愛した。また,アクリルニトリル(別表第二,第1号)は過去の名称である。年代物の試薬瓶にはアクリルニトリルと表記されていて,検索条件に合致するので抽出されるが,近年はアクリロニトリルである。データベースにアクリロニトリルで記載されていると,わずか一字違いであっても漏れてしまう。化学教育の観点からは,現在一般的ではなくなった過去の名称は使いたくない。すべてをIUPAC命名法によることは現実的ではないが,IUPAC名もしくは現在普通に使用されている慣用名を学生には使わせたいと考える。したがって,抽出用のフィルタの仕様としては法令にある品目名と,それ以外の普通に使われるであろうと思われる名称のどちらでもヒットする柔軟さを持たせた。
     また,チオセミカルバジド(別表第一,第17号)のように一つの品目を特定しているものと,無機シアン化合物及びこれを含有する製剤(政令第一条第8号)というように包括的な表現を用いているものが混在する。さらに,同じシアン化物でも無機シアン化合物は毒物であるが,有機シアン化合物及びこれを含有する製剤(政令第二条第32号)は劇物に指定されている。例えば,シアン化カリウムは毒物であるが,シアン酢酸エチルは劇物となる。これは非常に難問である。名称中に「シアン」または「シアノ」を含むものをすべて抽出し,無機物は毒物に,有機物は劇物にそれぞれ手作業で分けることで対処せざるを得なかった。さらに抽出条件に漏れたもののうちから,「ニトリル」を末尾に含むものを再抽出し,有機シアン化合物として劇物に分類した。なお,この政令第二条第32号には例外規定が119項目もあり,しかも染料など,産業用の特定品目を毒性評価や化学構造などとは無関係に除外しているようなので,さらに自動抽出を困難にしている。
     以上のように至るところにあいまいさが見受けられる法令なので,抽出フィルタの基本的な考え方を,「疑わしいものは抽出する」ということにした(図2)。図2で70行目「*シアン*」のように名称の前後に付けられた「*」は,MS-DOS では一般的であるワイルド・カードという記号である。トランプ・ゲームのジョーカーのように,あらゆる文字の代わりになり,70行では「ブロモシアン」や「5%-シアン化カリウム水溶液」など,名称中に「シアン」を含むものがヒットする。ところがこのフィルタ・ファイルでもまだ「シアナミド(cyanamide)」,「三フッ化硼素」,「三フッ化燐」(いずれも毒物指定)のようにフィルタから抜け落ちてしまうものもあるので,人力による最終チェックはかかせない。

    図2.毒物等の抽出用フィルタ・ファイル (Mac)

  5. 毒物等の検索・抽出結果

     抽出の具体的な操作は,Excel のフィルタオプションの設定機能(図3)で行った。図3のリスト範囲というのは基データの中で検索を実行する範囲のことであるから,図1のデータベース中の全ての薬品名(A列の1行目から845行目)を設定し,検索条件の範囲として,前項で作成した毒物等の抽出用フィルタ・ファイルの品目名のカラム(図2のA列の1行目から98行目)を指定した。この辺の詳細については,文献2)または Excel のオンライン・ヘルプ機能を参照願いたい。抽出終了後,結果をリスト画面上で確認し,不必要な抽出データを除外した。

    図3.フィルタ・オプションの設定例 (Win)

     毒物等を管理する立場から考えると,毒物と劇物(当研究室では特定毒物は扱っていない)についてそれぞれ,法の別表の番号順,政令の番号順,同順位に複数の品目名がくる場合には品目名について「あいうえお順」に配列したい。さらにその中で保管場所の記号・番号についてもソート(並び替え)をしたい。
     そこで抽出されたデータのチェックの過程で,法令についての情報を加えてみた。例えば前出のチオセミカルバジドは [毒物,法17],アジ化ナトリウムは [毒物政令 1 ],ネスラー試薬は[毒物政令17 ] である。ここで [毒物,法17] には「,」があり,[毒物政令17 ] にはないのは,ソートの便を考えてのことである。これにより [毒物,法17] の方が [毒物政令17 ] よりも前に配置される。[毒物政令 1 ] の政令と数字の1の間に半角のスペースが一つ挿入してあるのも,同じ目的のためである。これにより [毒物政令 1 ] は必ず [毒物政令17 ] よりも前に配置される。
     Excel の Book 形式のファイルの中で,できあがった毒物・劇物の各リストをそれぞれ独立したワークシートというリスト型の小データベースにコピーした。Excel では優先順位1,2,3の3つまでの項目について並び替えができるので,毒物等の法令を示す上記の記号・番号を最優先のキー,品目名を2番目のキー,保管場所を表す記号・番号を3番目のキーとして並び替えを実行した。これで,保管されている毒物と劇物の一覧表の完成である(図4)。

    図4.法令指定の毒物について抽出後,並び替えを行ったところ (Win)

  6. 毒物等の抽出用のフィルタ・ファイルの頒布

     今回作成した毒物等の抽出用のフィルタ・ファイルの頒布については,作者はその運用結果についてはいかなる責任も負わないという条件で無償供与したい。また,このフィルタ・ファイルの取得や使用上の問題については,電子メールでのみ,問い合わせにお答えすることにしたい。なお,このフィルタ・ファイルは第4項で述べたとおり教育研究目的に作成したものであり,政令指定の一部の農薬や産業用途のものと思われる薬品を除外したものであることを確認の上,お使い願いたい。

     ファイルは Excel book のリスト形式(Microsoft Excel 98 で作成し,Excel 5.0 形式で保存したもの)であり,ファイル名は Toxic.xls である。Macintosh 用(StuffIt 用圧縮方式),または Windows 用(自己解凍方式)の中から選択する。さらに参考までに,毒物及び劇物取締法,及び関係政令の条文にほぼ忠実な品名で作成したファイル(ファイル名 Tox.xls)を同様に2種類の方式で提供する。Macintosh 版については Norton AntiVirus for Macintosh ver. 5.0 でウィルス・チェック済である。
     Macintosh 版,Windows 版とも Netscape Navigator や Microsoft Internet Explorer 等のブラウザで以下をクリックすることにより,ファイルをお使いのPCのハード・ディスク上に保存,即ちダウン・ロードすることができる。別法として,Windows のブラウザではファイル名を右クリックする(Macintosh のブラウザではマウス・ボタンを数秒間押し続ける)と現れるメニューから,「リンクを名前を付けて保存」を選んでもよい。さらに Macintosh 版では,StuffIt Expander などの解凍アイテムが組み込まれていれば,自動的に元のファイルに解凍される。このことについては,CEJ第2巻第2号の中條氏の記事(採録番号 2-20)に詳しく書かれている。なお,Windows 版については,LHA の自己解凍書庫方式(exe 形式)のファイルをダウン・ロード後,各自の責任でウィルス・チェックしてから実行すれば,元のファイルに解凍される。

    
    ファイルの種類     抽出用フィルタファイル    法令で定められた品名
    Macintosh 用
     StuffIt Expander    Toxic.xls.sit.hqx      Tox.xls.sit.hqx
    Windows 用
     LHA SFX         Toxic.exe           Tox.exe
    
    
    
  7. 今後の課題

     本論中で指摘したが,法令の表現の不統一と曖昧さ,一部の品目名の古さ,及び例外規定の無秩序さ等が原因で,どうしても手作業による確認作業を省けず,自動化の妨げとなっている。それでも一応の毒物等の抽出用フィルタの機能を果たすファイルができたので,ここに報告した。今後さらに改良を続けたいので,お気付きの点をご連絡いただければ幸いである。
     また,ネットワークによる薬品関連情報の共有化についても方策を探りたい。

  文献及び注解

  1. 山田洋一,宇都宮大学教育学部教育実践総合センター紀要,第22号,pp.24-30 (1999)
    本報は,文献1.をもとに加筆修正したものである。
  2. Microsoft Office(各バージョン)活用ガイド
  3. クラリスワークス(各バージョン)ユーザーズガイド
  4. CS ChemOffice/ChemFinder(各バージョン)検索機能と化学情報の統合
  5. 本報で引用した上記のソフトウェア名・製品名等はすべて商標又は登録商標である。


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