「化学教育ジャーナル (CEJ)」第2巻第2号/採録番号2-13/1998年11月16日受理
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html


重量と質量,化学と物理

 大政光史(近畿大学・生物理工学部・基礎機械工学科)
 ohmasa@fmec.waka.kindai.ac.jp
 http://z011.fmec.waka.kindai.ac.jp/

1.重さは理科の用語?

 ある機会に,中学高校の理科で「重さ」という用語を使用していることを知りました.教育現場の先生方が子供向けにやさしく言い換えているのだろうと思っていたのですが,そうではないようです.中学理科や高校物理の教科書(の一部)を調べてみましたが,「重さ」が太字で表記され解説されています.私は,中学で「重量」を正式な用語として学習すると思っていたのですが,「重量」という言葉は中学・高校の教科書には出てきておりません.

 そこで,「物理教育用語集」(1986年,日本物理教育学会編)を見てみますと,確かに「重さ」と「重量」が併記されています.物理教育では「重さ」という言葉を使うことは認められているようです.しかし,「学術用語集 物理学編(増訂版)」(平成2年 文部省,日本物理学会共編)には,「重量」はありますが「重さ」という用語はありません.物理系の学術用語としては「物体にはたらく重力の大きさ」という意味で「重さ」という用語は使えません.したがって,少なくとも高校物理の教科書では「重量」という用語を併記しておくべきだと私は考えます.それが実現しない間は,大学で「重量」に置き換える指導をしなければならない,という状態が続くことになります.

 さて,私自身は,中学で「重量」を学習すると思い込んでいたわけですが,このような思い込みが発生した理由を探るために,学習指導要領を調べてみました.中学校学習指導要領の物理分野の中で,「重さ」「重量」「質量」という言葉が使用されている部分を抜き出したものを付録Aに示します.昭和44年度版では重量と質量の違いを述べていますが,平成元年度版では「重量」という言葉を使わずに「重さ」を使っています.この「重量」から「重さ」への切り替えが,なぜ起こったのかは私には理解できません.むしろ教育上の問題が多いと考えるのですが,それには触れずに以下では化学分野における「重量」について考えます.

2.化学分野における重量とは?

 中学校学習指導要領を調べているうちに,今でも「重量」という言葉が使われている部分が1ヶ所だけあることに気づきました.「重量パーセント」です.そこで,化学分野に注目して中学校学習指導要領を調べてみました.化学分野の中で,「重さ」「重量」「質量」という言葉が使用されている部分を抜き出したものを付録Bに示します.これを見ますと,質量保存則に関する部分には「質量」を使用し,それ以外の部分は「重さ」を使用する傾向があるように思われます.このことは,学習順序にも関連し,物理分野で「質量」を学習した後では「質量」を用いるようにしているということかもしれません.

 さて,ここで注目したいのは「重量」という言葉です.なぜ「重量パーセント」の部分にだけ「重量」を使っているのか,どういう意味で使用しているのかを探るために,中学理科の教科書を調べてみました.ところが,最近(平成10年度)の教科書では,「質量パーセント濃度」を主に使い,脚注で「重量パーセント濃度ともいう」と説明しているようです.化学分野でも「重量」という言葉を使用しない方向に向かっているようです.

 その「重量パーセント濃度ともいう」事柄の説明を読みますと,明らかに「質量の割合」を示しています.このことから,(以前は)化学分野では「重量」を「質量」の意味で使っていたことがあり,現在それを是正している最中である,と考えられます.

 「重量」を「質量」の意味で使うことは,化学「教育」の範囲だけではありません.金属系の学術誌で拝見した例を付録Cに示します.

3.化学と物理における質量のイメージ?

 「重量」と「質量」について考えるためには,当然ながら質量についてよく知らなければなりません.ところが,質量についてのイメージが,化学系と物理系では少し異なっているのではないかと私には思われます.微妙な違いですので,説明することは難しいのですが,対比して述べてみます.

 極めて簡単に言うと,質量とは「一定の物体に関する不変の量(の1つ)」ということで,化学でも物理でも合意できると思います.異なる点とは次のようなことです.
 【化学では】一定の物体に関して「状態変化や化学反応が起こっても,不変の量」
 【物理では】一定の物体に関して「場所が変わり重力加速度が変わっても,不変の量」
この2つのイメージは,相反するものではなく相補的なものなのですが,着目している点が微妙に異なっているのです.(ただし,ここでは中学生に対する説明という観点で考えています.高校生や物理系大学生に対してはさらに説明が加わることになります.)

 この微妙な差を意識できる一例は,「密度」が関わる現象です.例えば,水が沸騰して水蒸気になり空気中を上昇した場合を考えます.
 【化学では】「水蒸気の密度が空気の密度よりも小さくなった,でも質量は変わっていないのだよ」
と説明するかもしれません.この説明は間違ってはいません.この説明の範囲では正しいとも言えるのですが,物理分野から見ると不満が残ります.
 【物理では】「質量も重量も変わっていない,水蒸気の体積が大きくなったために浮力が大きくなったのだよ」
と説明するでしょう.(ここで「重量も変わっていない」と言うためには,その実験の間は重力加速度の変化が無い,という前提は必要です.)

4.日常生活では?

 ここからは推測となるのですが,考えてみますと,地球上で生活している限りでは,「重量」と「質量」の違いを考慮する必要はありません.日本語として「重さの量」という意味で「重量」という熟語を使うことは問題ないと思われます.また,「重量」は昔から売り買いするときの重要な基準の1つだったでしょうから,「一定の物体に関する不変の量」を表すという意味で,現在の「質量」の意味も含んでいたと思われます.つまり,「重量=質量」という感覚でも何の問題もない時代が長くあったと思われます.

 今でも,製品のカタログなどに「重量:○○kg」と書かれています.「重量」と書きながら,「質量」の単位である「kg」を使っています.こちらのほうが日常の表現としては普通です.日常生活のほとんどが地球上で行われているのですから,無理もないことです.物理教育で「重量と質量は異なる」と教え続けても,この日常的な感覚を変更することができなかったのでしょう.

5.いつ始めるのか?

 「重量=質量」という感覚では困るのは,どのような時でしょうか? その始まりは,人が宇宙に進出するようになった時でしょう.そして,スペースシャトルで77歳の人間が宇宙に出た今年(1998年)も「始まり」の途中である,と位置づけることができるかもしれません.私たちが教えた学生や生徒が宇宙で化学実験をする時も,それほど遠くはなさそうです.

 この原稿を執筆中に,次期学習指導要領の案が公表され,「質量」と「重さ」の違いについて中学校では扱わないとされています.さて,「質量」をいつ教え始めればよいのでしょうか?


 スペースシャトルに同乗した向井千秋さんが詠まれた歌に下の句を付けてみました.
「宙がえり 何度もできる 無重力 されど変わらぬ 物の質量」


付録A:学習指導要領の物理分野から抜粋

付録B:学習指導要領の化学分野から抜粋

付録C:重量と質量を混同している例

付録D:自己紹介的な補足説明(上記の本文について疑問のある方はぜひお読みください.)


Weight and Mass, Chemistry and Physics
 
Mitsushi Ohmasa
Department of Mechanical Engineering
School of Biology-oriented Science and Technology
Kinki University

トップへ     v2n2目次へ