琉球大学教育学部 吉田 安規良
whelk@edu.u-ryukyu.ac.jp
現行中1“身の回りの物質−水溶液”についての内容[2] |
旧小6“物質とエネルギー−水溶液の性質”の内容[4] |
さらに解説書には,この部分についてのねらいがTable 2 のように記されている[5]。
いくつかの酸性やアルカリ性の水溶液を用いた観察,実験を行い,酸,アルカリに共通した性質を見いださせるとともに,酸とアルカリを混ぜると中和してそれぞれの性質がうち消されること及び中和で塩が生成することを見いださせることがねらいである。 |
一般に中和とは,酸とアルカリが互いの性質をうち消しあうことを意味する。酸とアルカリの定義を拡張し,酸と金属との反応までも中和とすれば水が生成せず塩のみが生成する[6]。また,ブレンステッドの酸と塩基の定義によれば,気体の塩化水素とアンモニアもそれぞれ酸と塩基である。これらの気体同士の中和でも塩のみが生成する。しかし,中学校で学習する酸,アルカリはアレニウスの定義に従っているので中和の際に必ず水が生成する。塩の生成は,例えば硫酸と水酸化バリウム水溶液のように難溶性塩が生成する反応か,水を蒸発させて観察することで容易に確かめることができる。しかし水については,教科書に記載もなく,もともと溶媒として多量の水が存在しているので,生徒が水の生成を実感として理解することはできないであろう[7]。しかし水の生成を実際に確認することをせずに,教師の説明や教科書の記述のみで理解するようなことになれば,せっかくの中和の学習内容が実感を伴わないものになってしまう。また,中2で化学反応式を学習する際に,既習の化学変化を例題や問題演習に利用している。そこで,塩酸と水酸化ナトリウムの化学反応式を考える際に,塩の生成だけを理解しているよりも水の生成まで理解していると,「化学変化では原子の組み合わせが変わる」という化学変化の本質を理解して化学反応式をつくることに役立つ。化学反応式の学習は生徒が理解に苦労することが多いので,反応生成物を生徒が知っていることは学習を効果的に進めていくのに役立つ。こういった学習事項のつながりなども考えると中和における水の生成を塩の生成と同様に簡単に確かめる実験教材が必要となってくる。
(1)硫酸銅5水和物を少量試験管に取り,一度加熱し,無水硫酸銅を調製した。 (2)1本の試験管にはそのまま純水を注ぎ,色が変化することを確認した[Fig.1左]。 (3)同じようにエタノール(非水溶媒)を注いでも,色が変化しないことも確認した[Fig.1中]。 (4)3本目の試験管には,氷酢酸を注ぐ。氷酢酸中には,水が含まれていないため,硫酸銅は変色しないことを確認した[Fig.1右]。 (5)エタノールの入った試験管に固体の水酸化ナトリウムを入れても硫酸銅は変化しない[Fig.2中]が,氷酢酸の試験管に固体の水酸化ナトリウムを1粒入れると,たちまち溶液は青色に呈色し,水の生成を確認できた[Fig.2右]。 |
筆者は中3ならびに中1を担当した過去5年間にわたり,この実験教材を生徒に体験させた。しかし,この実験だけからは,生徒全員が水の生成を確認することは困難であった。この実験では,あらかじめ硫酸銅5水和物から無水物を調製することが必要となるが[Fig.3],試験管中で加熱しても生徒の実験技能では,試験管内で発生した水の逆流により“無水”硫酸銅が得られない事が多かった[Fig.4]。
より簡便な方法として,無水硫酸銅をあらかじめ購入するとしても,中学校の理科室の保管状況では,自然に水和物に変化する。また,教師が硫酸銅の無水物をあらかじめ調製しても,「青い硫酸銅から水が抜けると色が白くなる」という調製段階の観察を欠いては,その後の「水と接触して青くなる,即ち水の生成を色の変化で確かめる」というシナリオが成立しない。そのため,失敗するリスクがあっても試験管で個々の生徒に加熱させる方法をとったが,生徒1人1人が自分の手ですべての実験作業を行うことで,“傍観者”の発生を防ぐことにもなり,結局高い教育効果が得られた。
次に,硫酸銅の代わりに塩化コバルト紙をそのまま氷酢酸の中に入れて実験した。しかし,水酸化ナトリウムを加えても,試験管の中の塩化コバルト紙は赤くならず,水の生成を確認することはできなかった。そこで,「無水塩化コバルト」の固体を使用することを考えた。実際に,上述の実験を塩化コバルトでも実施できると書かれた文献もあるが[18],具体的な方法や,分量まで記載した教師向けのマニュアルを見つけることはできなかった。そこで以下に筆者が実験した結果をもとに,生徒の技能で実験可能な方法を整理した。
まず,薬さじの小さい方(あるいはスパーテル)で,すり切り1/2杯程度の大雑把な秤量で無水塩化コバルトを3本の試験管に入れた。3本の試験管に純水[Fig.5左],エタノール[Fig.5中],氷酢酸[Fig.5右]をそれぞれ約5mL注ぐ。まず,塩化コバルトは水と反応すると赤色を呈色することがわかる。エタノールと氷酢酸だけでは変化しないことを確認する。次に,氷酢酸の入っている試験管に1粒の固体の水酸化ナトリウムを入れると青色を示していた溶液が赤色へ変化した[Fig.6右]。同様に水酸化ナトリウムを入れても,エタノールでは変化しないことを確認する。対照となる純水との比較によって[Fig.6左],呈色に多少の違いはあるが,水の存在により “赤色”に変化することは十分確認できた。
段階 |
学習内容 |
具体的な学習活動 |
1 |
水溶液の性質と酸・アルカリ |
(1)酸(塩酸),アルカリ(水酸化ナトリウム)の水溶液の両方に「アルミニウム」(家庭用アルミ箔)を入れたものを提示する[19] (2)2つの水溶液の違いを調べる (3)(2)の結果を比較し,酸とアルカリの違いをまとめる (4)他の水溶液の性質を調べて,酸とアルカリに分類する |
2 |
中和 |
(1)1−(1)の水溶液を混合したときの変化を予想し,中和について考える (2)1−(1)の水溶液を実際に混合し,中和についての興味を抱かせる (3)塩化コバルトを用い,氷酢酸+水酸化ナトリウムの反応を行い,水の生成を確認する (4)酸(塩酸),アルカリ(水酸化ナトリウム)の中和を行い,中和では水以外に塩が生成することを確認する (5)他の中和でも塩が生成することも確認する |
3 |
学習のまとめ |
(1)酸,アルカリの定義や中和についてまとめる |
この学習過程は第1段階として,酸,アルカリの定義を学習する際に,「見た目は同じでも,実は性質が異なる」事例の観察を学習の動機付けに利用した。塩酸も水酸化ナトリウム水溶液も5〜10%の濃度では,色や透明度は同じに見えるため,違いを見ただけで判断することは難しい[20]。そこに動機付けの実験として,アルミニウムを2つの水溶液の両方に入れて,水素が発生している状況を観察する。
現在の教科書では1社[21]だけがこのアイディアを発問教材として利用しているが,生徒向け実験教材としては取り上げていない。これは,両性金属であるアルミニウムの性質を利用したものであり,既習事項である「金属は酸にしか反応しない」という先行概念との整合性やアルカリ溶液中での両性金属の反応機構が酸との反応より難しいという問題点もあるが,酸とアルカリの共通の化学的性質を観察させるという点で,優れた実験教材となった。塩酸,水酸化ナトリウム水溶液の両方から同じ水素が発生している状況を実際に観察し,その2つの水溶液の性質をリトマス紙やBTB溶液などで確かめ,酸とアルカリについての学習を行った。次に第2段階として,最初に示した2つの水溶液を混ぜるとどうなるかを予想させた。多くの生徒は,「変化しないでそのまま水素を発生させる」か「発生する水素の量が増える」と予想した。実際に反応させると,中和によって酸とアルカリの性質がうち消しあい,濃度が低くなるので,生徒は水素の発生量が目に見えて減っていくことを理解した。この時,あらかじめ2つの試験管にBTB溶液を入れておき,混ぜ合わせる分量をあえて指示しなかった。その結果,生徒によって混ぜ合わせた後の水溶液の性質が異なる結果を得た。これが「中和が起こると(量に依存せず)最後は必ず中性になる」という誤った理解に導かないために重要な過程となる。
次に,いよいよ酢酸と水酸化ナトリウムの中和を利用して,水の生成について調べる実験を行った。生徒は,「食酢」が酸性であることを生活経験上すでに知っているので,氷酢酸が酸であることを追試する必要はない。塩化コバルトによる水の生成を確かめる実験教材は,試験管1本でできる実験であり,生徒全員が自分の手で実験を行うことができる。また,失敗することがなく全員が水の生成を確認することができるので,結果をまとめる時に,自分の手で結果(=正答)を得られた満足感も得ることができ,全員が結果を暗記するようなことなく,実感を伴って学習内容を理解することができた。
その後,塩酸と水酸化ナトリウム水溶液の中和を行い,中性〜弱酸性の水溶液を蒸発させ,塩化ナトリウムの結晶だけが析出することを確認した。この結果から塩の生成についての学習を行い,さらに硫酸と水酸化バリウム水溶液,硝酸と水酸化カリウム水溶液などでも実験し,他の酸とアルカリでも塩が生成することを確認した。最後に,今までの実験での観察結果から最終的に中性にならなくても酸とアルカリが反応すれば中和が起こっていることを確認し,この学習全体をまとめた。
本単元のねらいの1つである[2,5],塩の生成の確認実験よりも水の生成の確認実験を先に学習するようにしたのは,生徒の実験技能を勘案し,1時間1時間という授業時間を有効につかうためである。この配列の方が生徒実験を効果的に授業に用いることができ,生徒が興味や関心を持続していきながら学習を進めていくことができた。また実験を用いた授業で陥りやすい授業時間の延長や,前時の積み残しを学習するために1時間余分に授業を行うような時間の無駄使いもなく,1時間の授業時間内に実験のまとめに必要な思考や討論の時間を十分にとることができた。
以上のような学習展開は普通の公立中学校で実践したとしても,金銭的負担も少なく,生徒が論理的に思考を進めていく上で,きわめて有効であると考える。
[TITLE]
The teaching materials of "the character of aqueous solution and neutralization" for science education of junior high school students
Faculty of Education, University of the Ryukyus
Akira YOSHIDA(whelk@edu.u-ryukyu.ac.jp)
[SUMMARY]
In the teaching materials of "the character of aqueous solution and neutralization", treated in the 1st grade of the junior high school, only the generation of salt was emphasized. Such description would disturb to understand the neutralization of acid by base, i.e., the fact of the mutual negation of their character accompanying by water generation. This paper presented a counter plan taking the "cheapness" and simplicity of the experiment into consideration. It is experiment teaching materials using cobalt(II) chloride(anhydrous) powder as an indicator which checks generation of water. And it is adapted for neutralization of glacial acetic acid and sodium hydroxide(solid). All students were able to conduct this experiment easily by themselves. All members could succeed in an experiment. Generation of water could be checked easily. They participated in a lesson (or lecture) very eagerly. Furthermore, they were able to interchange a student's result and the idea further. All members were able to understand the research for these firmly.